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テレビ神奈川
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4.歴史
4.1.1972年開局時から80年代まで
1972年3月5日午前11時からテストパターンを放送開始し、鶴見親局から初めて電波が発射された。その後3月31日まで本社演奏所設備と鶴見親局の試験、中継局の試験を兼ねた「サービス放送」を開始。サービス放送初日の主な放送番組は、12時から『忍者ハットリ君+忍者怪獣ジッポウ』の第1話、12時30分から「ドキュメンタリー 日本の美〜日光東照宮」、13時から映画『辺境の追跡』、14時15分から19時までテストパターン、19時から『河童の三平 妖怪大作戦』の第1話、19時30分から「ドキュメンタリー あすをひらく〜ロボットただ今開発中」、20時から映画『夜霧よ今夜も有難う』を放送し、21時30分に終了した。以降、上記の番組に加えて3月15日と16日には「神奈川県 ア・テスト解答速報」、3月31日には「大洋VS南海オープン戦中継」を放送した。
1972年4月1日 午前9時からテストパターンを放送、同日午前9時30分開局・本放送開始。

午前9時30分から午前10時55分まで開局記念・放送第1号番組「はばたけTVK」を本社演奏所第1スタジオから生放送(出演者:津田文吾(第7代神奈川県知事)、飛鳥田一雄(第18代横浜市長)、河野謙三尾崎一雄高木東六桐島洋子柳原良平。他に、ミスTVKや横浜市電の運転士、横浜港に寄港する外国船の船長も出演した)。開局当日のキャッチコピーは「本日・放送スタート!TVKをキャッチしよう!! パパはやく,ママが出ているTVK」である。開局当日に整備された親局は鶴見局42ch、中継局は小田原局46ch・平塚局31ch・久里浜局47ch。1972年5月1日に開局した中継局は南足柄局45ch。
テレビ神奈川における最長寿番組は「JAグループ神奈川」提供の「緑への歩み」だった(2008年3月、36年の歴史に幕を下ろし終了)。開局翌日の1972年4月2日スタートである。

もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主で、TVK自体が報道というものを半ば放棄していた時期もあり(1983年 - 2002年)、神奈川新聞の陰は薄かった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35 - 11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた(「のびる子きょうしつ」はその生き残りで長寿番組だったが、2008年3月で終了)。津田文吾元県知事が同局の社長・会長を務めた事がある。

経営は80年代前半まで実に苦しいものだった。しかし、まだBSアナログ放送がなく番組表がキー局の横に大きく載るなどしていたので、倒産寸前までいった千葉テレビやテレビ埼玉よりまだ恵まれていた。

経営不振で80年初頭にリストラなどで壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%にまでなり、東のTVK、西のKBS京都(当時は近畿放送、現・京都放送)であった。むろんキー局を除けばダントツの数字である(キー局系列局では朝日放送の約45%が最高であった)。

1972年5月3日「第20回 横浜みなと祭り国際仮装行列〜マーチ・イン・ヨコハマ」からTVK独占カラー生中継放送を開始(放送時間は生放送が午前11時10分 - 午後0時30分で中継録画放送が午後6時から午後7時25分だった。放送当日のキャッチコピーは「ことしは、みなと祭りの仮装行列が茶の間で見られます」「すぐそこのニュースが茶の間にTVK」「TVK!やっぱりいいねおかあさん」の3つのキャッチコピーだった。番組のゲストは小山明子橘家円蔵立川談志、下重明子、花村えいじ、三遊亭栄橋、解説は六川英一[注 5]、司会は石倉輝夫)。

開局当初はテレビ局経験のある社員が少なかったため、新人社員は日本テレビテレビ朝日からの出向者より指導を受けた。

関東圏の独立放送局として初になるマスター設備(主調整室)の更新と三ツ池送信所(親局)の送信機更新を1983年から1984年に掛けて行い、音声多重放送(ステレオ放送)への対応をいち早く実現した。ステレオ放送番組第1号は「SPOPS」(1984年10月 - 提供:丸井 制作:TVK)であり、第2号番組は「かながわの景勝50選」(制作協力:プロダクションモスラ・制作著作:TVK)である。※これらの番組は、音声多重試験番組も兼ねて放送されていた。

1985年からはステレオ放送番組が増え、テレビ番組初の試みである「環境ビデオ」(BGV) の放送番組「サラダ・ボウル」(制作:TVK、制作協力:日本電子工学院(現・日本工学院専門学校)、PLAY BILL、日商岩井(現・双日))や「ブレイン・パッケージ」(制作:TVK、制作協力:日本電子専門学校 他)がスタートした。同番組は、海外の風光明媚な空撮ビデオ映像に当時最新のアーティスト(例:PSY・Sなど)の音楽を流したり、完全オリジナルによるインストゥルメンタル曲を流す28分間の番組だった。これらの映像は、後にTOKYO MXで放送されている『文字ニュース』『ヘッドライン文字ニュース』のバック映像に転用されたこともあった。またサラダボウルは、1986年年頭の朝日新聞のテレビを考える連載のトップバッターとして全国に紹介された。

1987年、横浜が舞台だったテレビドラマ『あぶない刑事』(セントラル・アーツ制作、日本テレビ系)の第22話「動揺」において、スタジオ調整室のシーンで撮影協力をしている(撮影協力のクレジットは「テレビ神奈川」ではなく「TVKテレビ」)。

内田康夫の小説「横浜殺人事件」(浅見光彦シリーズ)のヒロインである横浜テレビの藤本紅子のモデルは、坂本紅子(現・コンテンツ局制作部専任部長)である。映画通で知られ「おしゃべりトマト」「TVグラフィック42番街」などの映画コーナー、「HAMA大国」の司会等を経て、2011年まで放送されていた「1230アッと!!ハマランチョ」のプロデューサーを担当していた。

『ファンキートマト』『おしゃべりトマト』『ミュージックトマト』などのいわゆる「トマトもの」では、MCのことをDJ(ディスクジョッキー)ならぬVJ(ビデオジョッキー)と称していた。これは、プロモーションビデオを大量に流す構成を踏まえ、DJをテレビらしい呼び名に置き換えた結果である。この名残で、現在でもtvkの放送中の番組での最長寿番組である「ビルボードTOP40」での中村真理はVJと呼ばれている。

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(4.2.1990年代から関内移転にかけて)
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出典:Wikipedia
2020/02/10 10:00
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