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ダイアナ (プリンセス・オブ・ウェールズ)
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2.生涯
2.1.生誕と出自
1961年7月1日午後にイングランドノーフォーク・サンドリンガム英語版・パークハウスに生まれる。父はオールトラップ子爵エドワード・ジョン・スペンサー(後の第8代スペンサー伯爵)。母はその夫人であるフランセス(第4代ファーモイ男爵モーリス・バーク・ロッシュの娘)。父方の先祖と母の名前をとって「ダイアナ・フランセス」と名付けられた。ダイアナは三女であり、姉にセーラジェーンがいる。またダイアナ誕生から3年後に弟チャールズが生まれている[2][3]

スペンサー家は羊商として財をなし、1603年ロバート・スペンサーがスペンサー・オブ・ウォームレイトン男爵に叙されて以来続く貴族の家系である。スペンサー家の本家はチャーチル家からマールバラ公爵位を継承し、スペンサー=チャーチル家と改称した[注釈 2]。一方ダイアナのスペンサー伯爵家は1765年第3代マールバラ公爵の甥ジョン・スペンサーがスペンサー伯爵位を与えられたことに始まる家柄である。スペンサー伯爵家の者は19世紀には政界の中枢で活躍する者が多かったが、貴族院議員が政界中枢になることが忌避されるようになった20世紀以降は政界での活躍はほとんど見られなくなり、廷臣や軍人としての活動が目立つようになった[4]。ダイアナ生誕時の当主は祖父である第7代スペンサー伯爵アルバート・スペンサーだった[1]。その嫡男である父エドワードはオールトラップ子爵の儀礼称号を使用していた。

母方のロッシュ家はアイルランドに屋敷を構え、ファーモイ男爵の爵位を継承する家柄である。家格や財産の面ではスペンサー伯爵家の方が上だが、母フランセスの父である第4代ファーモイ男爵モーリス・ロッシュは王室と親しい関係にあり、パークハウスを王室から貸し与えられ、また彼の妻(ダイアナの祖母)ルース1956年以降エリザベス皇太后に女官として仕えていた[5][注釈 3]

スペンサー伯爵家の嫡孫である弟チャールズは女王エリザベス2世代父母としてウェストミンスター寺院洗礼を受けた。長姉セーラもエリザベス皇太后、次姉ジェーンもケント公エドワードを代父母にしていた。しかし三女であるダイアナは低く扱われ、ノーフォーク知事夫人メアリー・コールマンやクリスティーズ会長ジョン・フロイドなど資産家ながら平民が代父母であり、洗礼を受けた場所も地元サンドリンガムの聖メアリー・マグダレン教会英語版だった[7][8]

ダイアナの生家パークハウスは王室御用邸サンドリンガム邸に近い場所にある。サンドリンガム邸に招く客を収容するために国王エドワード7世が建てさせた屋敷であり、国王ジョージ5世の代に母方の祖父ファーモイ卿に貸し出され、ファーモイ卿の死後、ダイアナの父母が同屋敷の借家権を相続していた[9]駐車場、屋外プールテニスコートクリケット場などを備え、6人の住み込み使用人が働いていたが、貴族の邸宅としては小規模な方だった。しかし周囲の環境は牧歌的であり、子供の教育場としては最適であった。ダイアナはここで育つことになる[10]

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出典:Wikipedia
2020/03/22 14:31
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