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セオドア・ルーズベルト
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2.生涯
2.5.親日派から日本脅威論者へ
ルーズベルトは日本に対して早い時期から強い警戒感を示していた。アルフレッド・マハンに宛てた1897年5月5日付の手紙で、「もし私に何らかの手立てがあるなら、明日にでもハワイを併合したい。もし併合できなければ、とりあえず保護国化するだけでも構わない。また、ニカラグアにすぐにでも運河を建設し、新型の戦艦を1ダースほど建造すべきである。その半分は太平洋方面へ配備する必要がある。新型戦艦は石炭積載量を増やし、その行動範囲を広げなければならない。私は日本の危険性をしっかりと認識している。私は日本がアメリカに好意を持っていることをよく知っているが、そうした気持ちを斟酌せず、ただちに行動を起こす心構えが必要だ。つまり、できるだけ早く戦艦をハワイに送り、星条旗を掲げなければだめだ。戦艦オレゴン、必要ならモンテレイまで投入すべきだ。併合の理由づけは後でどうにでもなる」と述べている[34]。同年5月28日には、海軍大学学長フレデリック・グッドリッチ(en:Caspar F. Goodrich)に「海軍大学への秘密研究課題:日本はハワイ諸島を狙っている。我が国はこの動きを牽制する。牽制を効果あるものにするための兵力とその展開方法について研究せよ。研究にあたっては大西洋方面での外国勢力とキューバをめぐる問題が引き起こす諸問題を勘案すること」という秘密指令を出し[35]キューバをめぐるスペインとの確執を、ハワイ併合問題の処理に利用しようとした。ルーズベルトはイギリスから二隻の新型戦艦(富士八島)が日本に届く前にハワイ併合したかった。国家の盛衰は海軍力にかかっていることを論証したマハンの思想をいち早く取り入れ海軍力を増強する日本にルーズベルトは焦っていた[36]

ルーズベルト大統領は日露戦争開戦当初は、ロシア満洲から駆逐するために、日本に好意的な中立を外交方針としたが、日本が勝ってみると、直ちにフィリピンが脅威を受けることに気づいた。そこでロシアを満洲から駆逐する代わりに日ロ両国の勢力均衡を図り、それによって日本の膨張を抑え、戦争を終結させた上でロシアに有利な平和条約を締結させようと努めた[37]

日露戦争の日本勝利を受け、ルーズベルト大統領はアジア情勢視察のため1905年6月末に30人の国会議員と実娘を含む一大派遣団を日本に送った[38][39]

ポーツマス条約の斡旋に乗り出したのはハーバード大学の同窓生で、面識のあった金子堅太郎(1878年卒業)の働きもあったと言われる。この頃のルーズベルトは日本贔屓で日本文化に深い理解を示しており、アメリカ人初の柔道茶帯取得者であり、山下義韶から週3回の練習を受けるとともに、山下が海軍兵学校で柔道を教えるよう尽力した。東郷平八郎が読み上げた聯合艦隊解散之辞に感銘を受け、その英訳文を軍の将兵に配布している。また、忠臣蔵の英語訳本(『47ローニン』)を愛読していたとの逸話がある。新渡戸稲造の『武士道』に感銘し、自ら何冊か買って友人に読むようにプレゼントした[40]

日露戦争後は、次第に極東で台頭する日本に対しては警戒心を感じるようになり、やがて贔屓も薄れ、事務的かつ冷淡な場面も見られた。艦隊(グレート・ホワイト・フリート)を日本に寄港させ、強大化しつつある日本を牽制した。排日移民法の端緒も彼の時代である。

日露戦争後に激化したカリフォルニア州を中心とした太平洋岸での反日運動を危惧しながら、「カリフォルニア州の政治家は対日戦争を引き起こす不安材料になっている。ただちにそうした事態になるとは思わないが、将来については不安である。日本人は誇り高く、感受性も強い。戦争を恐れない性格で、日露戦争の勝利の栄光に酔っている。彼らは太平洋のパワーゲームに参加しようとしている。日本の危険性はわれわれが感じている以上に高いのかもしれない。だからこそ私はずっと海軍増強を訴えてきたのだ。……仮に戦争となり、我々の艦隊が旅順港のロシア艦隊のような運命をたどることになれば、日本は簡単に25万人規模の兵力を太平洋岸に上陸させることができる。そうなれば、それを駆逐するのに数年の歳月がかかり、それに加えて、とんでもないコストがかかるだろう。ジャップはロシアに勝ってから実に生意気だ。しかしこちらが大艦隊を持ってさえいれば、奴らだってそう簡単には手出しはできない」(ユージン・ヘイル上院議員に宛てた、1906年10月27日付の私信)と述べている[41][42]

ルーズベルトはノックスへの手紙(1909年2月8日付)の中で、移民問題の重要性を強調し、日本人労働者は排除されなければならないが、巧妙に、かつ戦争のリスクを避けられそうな方法でだと言った。「それゆえ、われわれの任務は、永久には我慢することができない自国民の要求に応える一方で、必要以上に怒らせないように日本を丁重に扱うことであり、同時に、日本がわれわれを攻撃しないよう非常に用心するような状態に、わが艦隊を準備することである」[43]

高山正之は、ルーズベルトはハワイの日系人の本土移住を禁止したほか、ハーストをして反日キャンペーンを展開させて、日系人の子弟を学校から締め出し、土地所有を禁止し、市民権の取得も拒否したと述べている[44]

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(2.6.ルーズベルトとインディアン)
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出典:Wikipedia
2020/02/09 14:03
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