スクーデリア・フェラーリ
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2.歴史
2.8.2010年代
2010年は、ライコネンの後釜としてルノーからフェルナンド・アロンソが加入し、マッサとコンビを組んだ。2005・2006年の王者であるアロンソが5勝を挙げ、ランキングトップで最終戦を迎えたが、ピット作戦などのミスが重なり、それまでランキング3位だったセバスチャン・ベッテルに年間王者をさらわれた。

2011年の序盤戦はマシンのパフォーマンスに苦しみ、5月にはテクニカルディレクターのアルド・コスタが解任されて別の部署に回され、コスタはその後フェラーリを退社した[10]。フェラーリの風洞には不備があり、風洞での結果と実際のコース上でのパフォーマンスが一致しないという問題を抱えていた[11]。中盤になるとレッドブルやマクラーレンとほぼ互角に戦えるようになり、イギリスGPではフェラーリのF1初勝利から60周年の節目でアロンソが勝利を飾った。アロンソが最終戦までバトン、ウェバーとランキング2位を争ったが、最終的にはアロンソがランキング4位、マッサがランキング6位、コンストラクターズランキングでは3位となった。

2012年、マシンの競争力が低かったが、アロンソが第2戦で優勝し、マシンの大幅なアップデートが行われた第5戦以降、着実にポイントを積み重ね、第8戦と第10戦で優勝し、ランキングトップとなった。しかし、第12戦、第15戦でスタート直後に他車に接触されてリタイアし、ベッテルに逆転を許し、最終戦までチャンピオンを争ったものの、3ポイント差のランキング2位でシーズンを終えた。

風洞の不備はこの年も解決されず、フェラーリはドイツ・ケルンのトヨタの風洞設備を使用してマシンを改良した[12]。そして、自社の風洞を2013年8月まで閉鎖し、問題の解決にあたることを決めた。2013年型マシンの開発は全てトヨタの風洞設備で行われた[13]

2013年、アロンソが第3戦と第5戦で優勝したが、レッドブルとのマシンの性能差が大きく、コンストラクターズランキング2位をメルセデスAMGと争うのが精いっぱいだった。

2014年、長年在籍したマッサがウィリアムズに移籍し、後任としてロータスよりライコネンが復帰した。4月にチーム代表のドメニカリが成績不振の責任を取る形で辞任。後任にはフェラーリ北米部門のCEOを務めるマルコ・マティアッチが就任した[14]。パワーユニットの導入によるレギュレーションの大変革もあって、シーズンを通して苦戦し、このシーズンは結局1993年以来の未勝利シーズンとなってしまった。シーズン終了後、マティアッチが成績不振の責任を取る形で辞任。後任にはフェラーリのスポンサーでもあるフィリップモリスの前副社長マウリツィオ・アリバベーネがジェスティオーネ・スポルティーバのディレクターに即時就任すると発表した。これに伴い、チーフデザイナーのニコラス・トンバジスをはじめ、パット・フライや浜島裕英らがチーム離脱となるなど人事も大幅に刷新されることになった。また、レッドブル・レーシングのマシンデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイの引き抜きを巨額のサラリーを提示した上で狙ったが、最終的にニューウェイが辞退したことで実現には至らなかった[15]

2015年、アロンソがマクラーレンへ去り、レッドブルよりセバスチャン・ベッテルを迎える。マレーシアGPで、ベッテルが約2年ぶりの勝利を果たすとハンガリーGPではスタートで2台ともロケットスタートを決めフロントローにいた2台のメルセデスを抜き去り、ライコネンがトラブルでリタイアするまでワンツー体制でレースを進めベッテルが優勝。また、シンガポールGPにおいて、ベッテルが自身約2年ぶり、フェラーリとして約3年ぶりのポールポジションを記録した。ライコネンも第4戦バーレーングランプリでフェラーリ復帰後初表彰台となる2位表彰台を獲得。トラブルなどの不運に見舞われることが多くベッテルに差はつけられているものの前年と比較するとパフォーマンスは大きく向上している。最終的にベッテルはランキング3位、ライコネンはランキング4位。コンストラクターズランキングは2位でシーズンを終えた。メルセデスに敗れはしたものの時折、メルセデスを脅かすレースも何度かあり来シーズン以降に期待がかかるシーズンとなった。

2016年、ドライバーはベッテルとライコネンが残留。前年の活躍からシーズン当初はメルセデスにもっとも対抗できると期待された。開幕戦オーストラリアGPでは、2人が前年のハンガリーGPの再現のようなスタートを見せ1-2体制でレースを進めていたが、クラッシュによるレッドフラッグにより、レース再開後の戦略でメルセデス勢に逆転を許した。第2戦,第3戦ではライコネン、ベッテルがそれぞれ2位に入るなど出だしはまずまずであった。しかしメルセデス勢がオープニングラップで同士討ちでリタイアしたスペインGPではレッドブルのマックス・フェルスタッペンに優勝をさらわれ、さらにレッドブルが翌戦のモナコGPからアップグレードされたルノーエンジンを手に入れた後は、レッドブルの後塵を拝するレースが続く。この不振の最中の7月27日、テクニカルディレクターのジェームズ・アリソンがチームから離脱することを発表した[16]。その直後のドイツGPでコンストラクターズポイントでもレッドブルに抜かれ3位に後退した。地元イタリアGPを前にセルジオ・マルキオンネ会長は2016年のマシン開発に「失敗」したと認めた[17]。このイタリアGPでベッテルが6戦ぶりに表彰台に立ちティフォシからの歓声を浴びたが、以後は4位,5位が定位置で、表彰台は基本的にメルセデスの両者とレッドブルの片方のドライバーという構図が固まってしまい、コンスタントラクターズランキングも最終戦を待たずして3位が確定した。最終戦アブダビGPでベッテルがファステストラップを記録し3位表彰台に立ったが、最終的に未勝利のままシーズンを終えた。

2017年もベッテルとライコネンの両名が残留。2017年型マシンのSF70Hは冬季テストから好タイムを出し、期待が持たれるシーズンとなった。開幕戦オーストラリアGPでベッテルが優勝し、チームとして7年ぶりの開幕戦優勝を果たした。バーレーンGPでもベッテルが優勝、ロシアGPではベッテルがポールポジション、ライコネンが2番グリッドを獲得し、2008年フランスGP以来、実に9年ぶりのフロントロー独占を果たした。モナコGPでもライコネンがこれまた2008年フランスGP以来となるポールポジションを獲得、フェラーリのモナコグランプリでのポールポジションも2008年以来のフェリペ・マッサ以来、9年ぶりである。さらにベッテルも予選2位に入りフロントローを独占した。決勝でもベッテルが優勝、ライコネン2位となりフェラーリにとっても2001年以来、16年ぶりにモナコGPを制した。その後の4戦はパワーに勝るメルセデスの後塵を拝したが、ハンガリーGPではモナコGPに続いてフロントロー独占とワン・ツー・フィニッシュを達成し、ベッテルがポール・トゥ・ウィンを飾った。しかし、後半戦に入るとそれまでの躍進が嘘のように失速傾向となり、特にアジアラウンドの3連戦でアクシデントやマシントラブルが頻発する事態に陥ってしまい、メルセデス及びハミルトンの独走を許したどころか、レッドブル勢にも迫られることにまでなってしまった。最終的にブラジルGPでベッテルが8戦ぶりに優勝、またライコネンが終盤5戦で着実にポイントを獲得しレッドブル勢がトラブル続きで失速するなどしてコンストラクターズランキング2位の座は守ったが、終盤のトラブルが惜しい1年となった。

2018年も引き続き、ベッテルとライコネンの両名が残留。2014年のパワーユニット導入以来パワーユニットの馬力・耐久性能に優位を持っていたメルセデス勢のパワーユニットの馬力を超え、当時のV10NAエンジンレギュレーションの馬力を超える1000馬力クラスのパワーユニットを見せつけた。メルセデス勢のスタートダッシュの失敗に付け入ったベッテルが開幕連勝を果たしたほか、第7戦カナダGP、第10戦イギリスGPでも優勝し、ドライバーズランキングではベッテルがハミルトンと、コンストラクターズランキングでもメルセデスと、それぞれ接戦に持ち込んでいた。しかしフェラーリ自身のパワーユニット内部のバッテリー放出量4MJを超えるエネルギーやマシンにレギュレーション違反に疑われたり、シーズン後半戦に入ると2017年と同じような失速傾向となる。モナコGPではFIAがERSシステムの不正使用が疑われていたフェラーリのマシンに追加のセンサーを搭載して監視していた。ドイツGPではベッテルが首位を快走してる中でドライビングミスによりクラッシュしリタイア。ベルギーGPではベッテルが優勝するが、イタリアGPではフロントローを独占しながらスタート直後にベッテルがハミルトンに接触し大幅に順位を落とすなどのミス、ライコネンも終盤にハミルトンに抜かれ2位に終わる。シンガポールGPではタイヤ戦略に失敗しメルセデスに完敗を喫するなどの戦略面でのミスも目立ち、シーズンで最速のマシンを持っていると前置きをしながらベッテルのミスを非難する関係者も多いが[18]、一方でイタリアGP後に元F1CEOバーニー・エクレストンはチームの運営方法がシューマッハ時代と比べて劣っていることを苦戦の要因として指摘している[19]。FIAの監視用センサー追加導入された後にFIAによる監視を強化されつつも、日本GPでもQ3でドライコンディションの状況に対してインターミディエイトを履いて出走するなどして予選でつまずき、決勝ではベッテルがまたしてもレース中に接触して順位を落とすなど、最終的にはメルセデス勢どころかレッドブル勢にも完敗。アメリカGPでシーズン中に改良したはずの空力パーツを以前に戻すとライバルとの相対的な速さが元に戻るものの、ベッテルがリカルドと接触して順位を落とす一方、ライコネンがフェラーリ復帰後初勝利を挙げた。メキシコGPは両者ともメルセデス勢を上回ったものの優勝できず、僅かに残っていたベッテルのタイトルの可能性は完全に消滅、ハミルトンの5冠を許してしまった。続くブラジルGPでハミルトンにポール・トゥ・ウィンを許し、コンストラクターズタイトルの可能性も消滅したものの、アブダビGPでフェラーリとしてラストレースとなったライコネンはマシントラブルでリタイアしたが、ベッテルが2位でフィニッシュし、全参戦チームで唯一全戦入賞を達成した。シーズン終了後に、2016年王者のニコ・ロズベルグが戦略ミスの多発やチームの団結に問題があったと指摘[20]。チーム代表のアリバベーネもドライバーのミスの以外にもマルキオンネの死を含むチームが混乱する事態の対応に失敗したことも失速した原因であるとコメントした[21]。同年日本GPから、フィリップモリスのプロジェクトロゴである「Mission Winnow」が追加された新カラーリングとなっている[20]

2019年はライコネンと結果的に入れ替わる形でザウバーからシャルル・ルクレールが加入。ロズベルグはベッテルが立ち直らんとする時期に才能を高く評価されている若手であるルクレールの加入が影響を及ぼす可能性を指摘している[20]。そんな中、年明け早々にアマウリツィオ・アリバベーネがチーム代表の座を更迭され[23]マッティア・ビノットが新たに就任した[24]。プレシーズンテストでの好結果を踏まえ、開幕前はチャンピオンの大本命とされていたが[25]、開幕戦からマシンの戦闘力という点ではメルセデスに太刀打ちできなかったうえ、レース戦略も迷走[26]し、F1史上初となる開幕から5戦連続の1-2フィニッシュを許すことになった[27]。第6戦モナコGPで結果的[28]にメルセデスの開幕6戦連続ワンツーを阻止する2位表彰台を獲得したが、ここでも戦闘力不足及びレース戦略の迷走が続いていた。第7戦からはレース戦略の混乱は少なくなったものの、アップデートを投入しても戦闘力の改善にはつながらず、マシン開発自体が迷走している状況であった。
シーズン前半でメルセデスより先行できたのは第2戦バーレーンGPと第7戦カナダGPだけで、前者はルクレールの快走により、彼自身かつ今季初優勝目前であったが、PUトラブルで逃し[29]、後者はベッテルが奮闘し、トップでチェッカーを受けたが、評価が分かれたペナルティによって優勝を逃した。

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出典:Wikipedia
2019/09/26 09:00
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