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スウェード・ハンセン
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1.来歴
プロレスラーとなる以前はアマチュアボクシングで活躍し、地元ニュージャージーゴールデングローブで数回優勝した実績を持つ[4]ロッキー・マルシアノアーチー・ムーアのスパーリング・パートナーを務めたこともあるが[6]プロボクサーとなるには体が大きすぎたため、プロレスに転向[4]1957年のデビュー後、1959年よりWWWFの前身団体であるNWAキャピトル・レスリング・コーポレーションで活動、ブルーノ・サンマルチノキラー・コワルスキーベアキャット・ライトルーサー・リンゼイアート・トーマスレッド・バスチェンなどと対戦してキャリアを積んだ[7]
1962年ノースカロライナを本拠地とするミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング(MACW)にてリップ・ホークと邂逅、兄貴分のホークに合わせて髪をブロンドに染め、ブロンド・ボンバーズなるヒールタッグチームを結成[8]。以降、小型ラフファイターの司令塔ホークと巨漢パワーファイターの執行者ハンセンというコンビネーションのもと、各地のタッグマッチ戦線を席巻[4][5]1965年8月3日にはフロリダにてデューク・ケオムカ&ヒロ・マツダからNWA世界タッグ王座を獲得[9]1967年5月には日本プロレスに揃って来日、アントニオ猪木&吉村道明が保持していたアジアタッグ王座に挑戦した[10]
1968年6月には主戦場のMACWにてエドワード・カーペンティア&ミゲル・ペレスを下し、NWAアトランティック・コースト・タッグ王座の初代チャンピオン・チームとなる(以降もネルソン・ロイヤル&ポール・ジョーンズなどのチームを抗争相手に、通算4回に渡って戴冠)[11]ジム・バーネットが主宰していたオーストラリアのワールド・チャンピオンシップ・レスリングにも遠征し、1970年4月にバディ・オースチン&カーティス・イヤウケアから豪州版のIWA世界タッグ王座を奪取した[12]
1972年は同じくタッグ屋で鳴らしたジン・アンダーソン&オレイ・アンダーソンミネソタ・レッキング・クルーとも抗争したが[13]1973年末にホークが単身でフロリダ地区に転戦したことを機に、1974年よりベビーフェイスに転向。スーパー・デストロイヤージョニー・バレンタインとの抗争を経て、ホークのMACW復帰後は、ハンセンはタイガー・コンウェイ・ジュニア、ホークはリック・フレアーを新パートナーに遺恨試合を展開した[14]
1976年テキサス西部のアマリロ地区にてホークとのブロンド・ボンバーズを再結成。翌年にかけて、同地区のフラッグシップ・タッグタイトルだったNWAウエスタン・ステーツ・タッグ王座を通算3回獲得した[15]。アマリロではドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクザ・ファンクスとも対戦[16]。ファンクスはアンドレ・ザ・ジャイアント、ボンバーズはサイクロン・ネグロと組んでの6人タッグマッチも行われた[17]1977年7月にはアマリロ地区との提携ルートにより、単身で全日本プロレスに来日している。
ホークとのコンビを正式に解散後、ブロンドに染めていた髪を本来の色に戻し、1979年下期より南部人ギミックのベテラン・ヒールとしてWWFに参戦。フレッド・ブラッシーマネージャーに迎え、10月22日にニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにてボブ・バックランドWWFヘビー級王座に挑戦した[18]。その後も古巣のMACWやモントリオール地区を経て1982年よりWWFに定着したが、体力的な衰えもあり、ジョバーのポジションに降格していた[19]
1983年11月、WWFとの提携ルートで新日本プロレスに来日し、アンドレ・ザ・ジャイアントのパートナーとして『第4回MSGタッグ・リーグ戦』に出場[20]。アンドレの孤軍奮闘で、アントニオ猪木&ハルク・ホーガン藤波辰巳&前田明長州力&アニマル浜口キラー・カーン&タイガー戸口ボビー・ダンカン&カート・ヘニングなどのチームを相手に首位を独走し決勝進出を決めていたが、ディック・マードック&アドリアン・アドニスとの対戦で、場外でのハイジャック・パイルドライバーによりハンセンが首を負傷。欠場に追い込まれ、優勝戦を棄権することとなった[1]。なお、アンドレ・ザ・ジャイアントとはプライベートでも親友同士だったという[6]
1984年よりWWFではベビーフェイスのポジションに回り、ビンス・マクマホン・ジュニアの新体制下でスタートした全米侵攻サーキットにおいて、ビッグ・ジョン・スタッドデビッド・シュルツポール・オーンドーフカウボーイ・ボブ・オートンドン・ムラコジェシー・ベンチュラアイアン・シークニコライ・ボルコフケン・パテラキングコング・バンディジム・ナイドハートランディ・サベージらのジョバーを1985年まで務めた[21][22]
2002年2月19日、68歳で死去[2]。晩年はアルツハイマー型認知症を患い、糖尿病高血圧症心臓病との闘病生活を送っていた[6]。没後の2007年、リップ・ホークと共にミッドアトランティック版のNWA殿堂に迎えられている(殿堂入りのインダクターは、彼らのマネージャーを務めていたゲーリー・ハートが担当した)[23]
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(2.得意技)

1. 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P48(2002年、日本スポーツ出版社
2. “Death Notice - Classified”. Charlotte Observer. 2014年9月26日閲覧。
4. “Hawk and Hanson: The Blond Bombers”. The Wrestling Gospel. 2008年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月26日閲覧。
5. “The brotherly bond of Rip Hawk and Swede Hanson”. SLAM! Sports. 2014年9月26日閲覧。
6. “A Part of Wrestling Died with Swede Hanson”. The Wrestling Gospel. 2008年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月26日閲覧。
7. “The CWC matches fought by Swede Hanson in 1960”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
8. “Rip Hawk and Swede Hanson”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
9. “NWA World Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2014年9月26日閲覧。
10. 竹内宏介監修『世界名レスラー100人伝説!!』P116-117(2003年、日本スポーツ出版社)
11. “NWA Atlantic Coast Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年9月26日閲覧。
12. “IWA World Tag Team Title [Australia]”. Wrestling-Titles.com. 2014年9月26日閲覧。
13. “The WCW matches fought by Swede Hanson in 1972”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
14. “The WCW matches fought by Swede Hanson in 1974”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
15. “NWA Western States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年9月26日閲覧。
16. “Show at Abilene, Texas 1977/07/18”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
17. “Show at Odessa, Texas 1977/06/14”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
18. “The WWE matches fought by Swede Hanson in 1979”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
19. “The WWE matches fought by Swede Hanson in 1982”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
20. “NJPW 1983 The 4th Madison Square Garden Tag Team League”. Puroresu.com. 2015年9月20日閲覧。
21. “The WWE matches fought by Swede Hanson in 1984”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
22. “The WWE matches fought by Swede Hanson in 1985”. Wrestlingdata.com. 2014年9月26日閲覧。
23. “Hall of Heroes Class of 2007 Rip Hawk”. Mid-Atlantic Gateway. 2014年9月26日閲覧。

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出典:Wikipedia
2017/09/13 21:34
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