ジョン・ドルトン
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6.死とその後
1837年脳梗塞を患い、1838年の2度目の脳梗塞で言語症となったが、実験を続けた。1844年5月、3度目の脳梗塞を発症し、同年7月26日に最後の気象観測記録を震える手で日記に記した。7月27日、マンチェスターの自室でベッドから落ちて亡くなっているのを同居人が発見した。

マンチェスターの墓地に埋葬されたが、その墓地は今では運動場になっており、もともとの墓は出版物に写真で残っているだけである[7][8]

Chantrey がドルトンの胸像を作り[9]、それが Royal Manchester Institution の玄関ホールに置かれた。Chantreyはドルトンの全身像も作り、現在はマンチェスターの市庁舎にある。

統一原子質量単位はドルトン (Da) とも呼ばれている。月にはドルトンの名を冠したクレーター (en) がある。マンチェスターにはジョン・ドルトン通りがある。

マンチェスター・メトロポリタン大学の工学部にはドルトンの名を冠した建物があり、その前にドルトンの彫像がある(1855年、William Theed作)。マンチェスター大学にもドルトンの名を冠したホールがあり、ドルトンの名を冠した化学と数学の奨学金がある。Manchester Literary and Philosophical Society はこれまでに12回、ドルトン・メダルを授与したことがある。クェーカー教徒の学校でもドルトンの名を冠している講堂がいくつも存在する。

1940年12月24日、Manchester Literary and Philosophical Society の建物が爆撃を受け、ドルトンに関する資料の大部分が失われた。残った資料はマンチェスターの John Rylands Library が所蔵している。

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(5.公的生活と私生活)
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(7.脚注・出典)
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出典:Wikipedia
2019/07/03 07:30
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