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ジョン・レノン
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5.ポール・マッカートニーとの関係
ビートルズ解散直後の二人の確執はファンやマスコミにも知られていた。解散後しばらくは互いの楽曲中で中傷しあったり[29]、ポールがニューヨーク滞在中、ジョンに電話して口論になったりするなど深い確執が存在したが、ビートルズのアラン・クレインとのマネージメント問題、アップルレコードの管理など一連の訴訟が解決に向かうなか、1970年代も中ごろになると、マッカートニーが自分のバンド「ウイングス」でアメリカ・ツアーを行った際には時折レノンのもとを訪れるなど親交を取り戻すようになった。また1974年にはスティーヴィー・ワンダーらとともにジャム・セッションを行い、「スタンド・バイ・ミー」や「ルシール」などロックンロールのスタンダードを一緒に演奏したテープも残されている。現在では、ポールはビートルズの楽曲を歌う際にジョンのパートを歌ったり、ジョンのソロ曲をカバーするなどしている。

ポールがジョンの家を訪れたある日、テレビ番組のネタで「『サタデー・ナイト・ライヴ』にビートルズを出演させるとしたらいくら払う?」「一流クラスの標準ギャラで3200ドル」という話をした。2人は盛り上がり、「ダウンタウンならすぐ近くだ。これから2人で乗り込もうぜ!」と意気投合し、盛り上がった。実現はしなかったがポールは「昔に戻れたみたいでとても嬉しかった」と述べている。

またジョンは「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ。他の奴が言うのは許さない」と発言した。ハリー・ニルソンや秘書・メイ・パンにでさえ、ポールの悪口を言うことは許さなかったという。またジョンが殺害された1980年12月8日には、取材にて「人生のうちで2回、すばらしい選択をした。ポールとヨーコだ。それはとてもよい選択だった」[30]と述べている。

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出典:Wikipedia
2020/02/01 20:00
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