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ジョゼフ・キッティンジャー
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1.生い立ちおよび初期の軍歴
キッティンジャーはフロリダ州タンパで生まれ、フロリダ大学に入学した。ティーンエイジャーの頃はモーターボートレースに参加していた。1949年3月にアメリカ空軍に入隊し、航空士官候補生課程を1950年3月に終えると、パイロット資格を取得して少尉に任官した。その後、西ドイツのラムシュタイン空軍基地の第86戦闘爆撃航空団に赴任し、F-84サンダージェットF-86セイバーに搭乗した。
キッティンジャーは1954年に、ニューメキシコ州ホロマン空軍基地にある空軍ミサイル開発センター(AFMDC)に転属した。彼はここで1955年に、航空医官ジョン・ポール・スタップ大佐が搭乗して時速632マイル(1,011 km/h)で地上走行するロケットスレッドを空中から追尾・観察した。キッティンジャーはスタップの宇宙医学の先駆者としての献身とリーダーシップに強い印象を受けたが、一方、スタップもキッティンジャーの卓越した操縦技術に感銘を受けており、後に彼を宇宙関連の航空研究事業に推薦することとなった。スタップは高高度における気球試験を推進する役割を持っていたが、それが後にキッティンジャーの10万2,000フィート(31,000 m)以上からの記録的なジャンプにつながることになった。1957年、「プロジェクト・マンハイ」の一環である「マンハイI」として、キッティンジャーは96,760フィート(29,500 m)の仮の気球高度記録を樹立し、これにより1回目の空軍殊勲十字章を受けた。
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(2.プロジェクト・エクセルシオ)
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出典:Wikipedia
2017/09/13 15:32
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