シカ
▼人気記事ランキング
3.シカの文化
3.1.シカにまつわる伝説・逸話
世界各地の山野に数多く生息していたシカ科の動物はほとんどの民族の文化に対して古くから重要な影響を与えていたと思われる。後世の文化においては、シカは「俊敏」「非力」などの象徴として、また時には峻険な山岳地の象徴として用いられることがある(カモシカも参照)。

ギリシア神話では、月の女神アルテミスの水浴を見たアクタイオーンが鹿に姿を変えられている。
道教の伝承に登場する仙人がしばしば乗騎とするのが白鹿である。太上老君は青牛を乗騎とするが、白鹿を乗騎としたという伝承もある。
トナカイは古来ソリを引く使役や荷役にも利用され、クリスマスサンタクロースのソリを引く『赤鼻のトナカイ』の伝説にもなった。
鹿島神宮春日大社などで神使とされる。古事記において、オオクニヌシ国譲りをさせる際、アマテラスは使者としてアメノオハバリを選び、その伝令にアメノカク(天迦久)を派遣したとあり、このアメノカクが鹿の神とされる(「迦久」は鹿児を意味する)[3]。アメノオハバリは自分の代わりに息子のタケミカヅチをオオクニヌシのもとに差し向け国譲りを承諾させるが、このタケミカヅチが鹿島神宮の祭神であり、その後平城京鎮護のために春日大社にも分霊された。
鵯越:12世紀末、治承・寿永の乱(源平合戦)の折りに一ノ谷に陣を構えた平家の軍を攻めるため源氏は、海岸沿いから正面を攻める軍勢と背後の山地から奇襲を行う軍勢の二手に分かれた。源義経率いる奇襲部隊が目指した平氏の背後の山は「鵯越(ひよどりごえ)」と呼ばれる崖のごとき急坂で、とても軍の主軸である騎馬を下ろせるルートではないと思われた。しかし現地の者からこの鵯越をシカが通っていることを聞いた義経は「鹿も四つ足、馬も四つ足、鹿が越す坂ならば、馬も越せぬ道理はない」とこの急坂を駆け下りるよう軍勢に指示した。これが「鵯越の逆落とし」である。このルートからの奇襲など全く念頭になかった平家は3千騎とも言われる源氏の奇襲に慌てふためき、一気に総崩れとなった。ただし現在の六甲山には鹿は生息していない。また過去に生息していたかどうかも不明。
児玉党の武士である富田親家は、和田合戦時、和田氏軍に味方し、幕府軍に捕えられるも、源実朝の御前で奥州産の大鹿の角を一度に2本へし折る力芸を見せたことで、助命され、領地まで与えられている。
本多忠勝 - 鹿の角を象った「鹿角脇立兜」で知られる。
[4]前ページ
(3.シカの文化)
[6]次ページ
(3.2.シカを題材とした創作等)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2019/10/11 03:00
ソ人気記事ランキング
2019/11/19 更新
 1位日本
 2位沢尻エリカ
 3位元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件
 4位伊藤綾子
 5位メチレンジオキシメタンフェタミン
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant