サンライズ (アニメ制作会社)
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1.歴史
1.2.日本サンライズ時代
1976年11月に東北新社傘下から離脱。株式会社日本サンライズに改組・商号変更し、東映本社作品と円谷プロ作品のアニメーション制作を下請け。サンライズの飯塚正夫によると『ゼロテスター』や『勇者ライディーン』などで得た利益はすべて東北新社にいって、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたそうである[10]。一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われる[11]。翌1977年の『無敵超人ザンボット3』にて初めて自社企画制作作品を世に送り出す。1979年制作の『機動戦士ガンダム』とその後の劇場用作品により、アニメ業界にリアルロボットブームを興した。

1981年、初代社長の岸本吉功が死去。当時四十代であったが激務が祟り身体を壊したものであったという[12]。岸本の死を受けて第2代社長に伊藤昌典が就任。

1985年にはオリジナルビデオアニメ(OVA)に進出。ただしオリジナルと言っても全くのオリジナル企画は少なく、『装甲騎兵ボトムズ』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編と『機甲猟兵メロウリンク』のようにその延長線上にある企画との基本方針を取っている。

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(1.1.創業)
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(1.3.株式会社サンライズ)
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出典:Wikipedia
2019/06/11 22:30
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2019/06/20 更新
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