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サン・スタジオ
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3.エルヴィス・プレスリー
3.2.ミリオン・ダラー・カルテット
1956年12月4日、エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンス、ジョニー・キャッシュの4人によりサン・スタジオで即興のジャム・セッションがまさに偶然に行なわれた。『ブルー・スエード・シューズ』ですでに成功していたパーキンスが兄弟のクレイトンとジェイ、およびドラム奏者のW・S・ホランドと共に古いブルースを基にした『マッチボックス』など新曲のレコーディングのためスタジオに来ていた。フィリップスは薄いロカビリーの管楽器に厚みを持たせたがっており、独特のピアノ演奏をするメンフィス以外でまだ名が知られていない新人のジェリー・リー・ルイスをパーキンスのセッションにピアノ奏者として呼んでいた。
午後の早いうちにプレスリーはガールフレンドのマリリン・エヴァンズを伴ってスタジオにちょっと立ち寄った[17]。当時彼はショービジネス界の大スターで、これまでの1年間でシングル・チャートで5回、アルバム・チャートで2回第1位を獲得していた。4ヶ月弱前、『エド・サリヴァン・ショー』に出演し、前代未聞の当時史上最高の視聴率83%を獲得して5千5百万人が視聴したとされた。
機械室でフィリップスと会話した後、プレスリーはパーキンスのセッションの再生を聴き称賛した。その後彼はスタジオに入って行き、少しした後セッションが始まった。サンに所属しカントリー・チャートでいくつかヒットを出していたジョニー・キャッシュが入ってきた(キャッシュは自伝『Cash 』の中でパーキンスのセッションを聴くためこの日サン・スタジオに1番最初に到着したと記した)。エンジニアのジャック・クレメントは「これを録音しない訳にはいかない」と独り言を言って録音し始めた。何曲か演奏した後、ルイスがピアノ演奏中にプレスリーとガールフレンドのエヴァンズが抜け出した。キャッシュは本の中で「誰もジェリー・リーに合わせなかったし、エルヴィスにもだ」と記した。
セッションの間フィリップスは宣伝のチャンスと考え、地元紙『Memphis Press-Scimitar 』に電話をかけた。同紙のエンタテイメント記者ボブ・ジョンソンがUPI通信社のレオ・ソロカと写真家を伴って現れた。
翌日、このセッションについての『Memphis Press-Scimitar 』のジョンソンによる記事には『ミリオン・ダラー・カルテット』の見出しが付いていた。この記事には後に有名になった、プレスリーのピアノの周りを3名が囲んでいる写真が添えられていた(編集前のこの写真にはピアノに座るエヴァンズが写っている)。この写真には確かにキャッシュが写っているが、音源ではキャッシュの声がはっきりとは確認できない。
[4]前ページ
(3.1.プレスリーの移籍)
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(4.下降)

17. George, Jason (2008-11-11), “How the Tribune tracked her down”, Chicago Tribune: Live!, page 4, http://pqasb.pqarchiver.com/chicagotribune/doc/420798196.html?FMT=ABS&FMTS=ABS:FT&date=Nov+11%2C+2008&author=George%2C+Jason&pub=Chicago+Tribune&edition=&startpage=&desc=Elvis+mystery+solved! 

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出典:Wikipedia
2017/08/29 07:32
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