サム・クエリー
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1.選手経歴
母親の勧めにより、4歳からテニスを始めた。クエリーの父親は優れた元野球選手で、かつてデトロイト・タイガースからドラフト指名を受けたほどの技量を持ち、現在は不動産銀行員の仕事をしている。父親から恵まれた運動能力を受け継いだクエリーは、南カリフォルニア大学から奨学金の申し出を受けたが、それを辞退して2006年からプロテニス選手となった。2006年全米オープン4大大会に初出場し、ガストン・ガウディオとの2回戦に進出する。2007年全豪オープンではトミー・ロブレドとの3回戦に進み、全米オープンの男子ダブルスでロバート・ケンドリックと組んでベスト8に進出した。

2008年3月、クエリーはテニス・チャンネル・オープンの決勝でケビン・アンダーソンを4-6, 6-3, 6-4で破り、ATPツアーで初優勝を遂げた。8月の北京五輪で初のアメリカ代表に選出された後、クエリーは全米オープンで自己最高の4回戦進出を決めた。この大会では1回戦でトマーシュ・ベルディハを破って波に乗り、4回戦で第1シードのラファエル・ナダルに2-6, 7-5, 6-7(2), 3-6で惜敗した。全米オープン終了後、クエリーは男子テニス国別対抗戦デビスカップアメリカ合衆国代表に初起用され、9月19日-21日に行われた「ワールドグループ」準決勝の対スペイン戦に出場した。

2009年のクエリーの成績は7月末のファーマーズ・クラシックでツアー2勝目を挙げたほかシングルスで4大会の準優勝を記録している。4大大会年間最終戦の全米オープンで、クエリーは初めて第22シードに選出された。しかし本大会では3回戦で当年度の全仏オープン準優勝者、第12シードのロビン・セーデリングに2-6, 5-7, 7-6(6), 1-6で敗れ、2年連続のベスト16入りはならなかった。

2010年は2月のリージョンズ・モーガン・キーガン選手権で単複優勝をするなどシングルス4勝、ダブルス2勝を挙げた。ウィンブルドン全米オープンで4回戦に進出した。BNLイタリア国際ダブルスにジョン・イスナーとペアを組み準優勝した。

2011年、クエリーはBNLイタリア国際ダブルスにてイスナーとペアを組んで優勝し、マスターズ1000ではキャリア初優勝となった。

クエリーは2011年6月に手首の手術を受け、ウィンブルドン全米オープンを欠場した。

2012年のファーマーズ・クラシックの決勝でリチャルダス・ベランキスを6?0, 6?2で破り2年ぶりのツアー7勝目を挙げた。BNPパリバ・オープンダブルスでイスナーとペアを組み準優勝した。

2013年6月11日、シングルス通算200勝を達成した。

2015年全米オープンではスティーブ・ジョンソンとペアを組み出場。1回戦で第1シードのブライアン兄弟に7-6, 5-7, 6-3で勝利。その後も勝ち進みグランドスラム初の準決勝進出を果たした。

2016年ウィンブルドン選手権では3回戦でグランドスラム4連勝中のノバク・ジョコビッチを7-6(6), 6-1, 3-6, 7-6(5)で破る金星を挙げると、4回戦でニコラ・マユを破り、自身初の4大大会ベスト8に進出。準々決勝でミロシュ・ラオニッチに敗れた。

2017年のメキシコ・オープンでは決勝でラファエル・ナダルを6?3, 7?6(3)で破り、優勝を果たした。同年のウィンブルドンでは準々決勝で前年度覇者および当時世界ランキング1位のアンディ・マレーを破り、自身初の4大大会ベスト4に進出、準決勝で第7シードのマリン・チリッチに敗れた。

2018年2月に、自己最高となる世界ランク11位を記録する。

2019年はウィンブルドンの1回戦で第5シードのドミニク・ティエムを6-7(4), 7-6(1), 6-3, 6-0で破ると、2年ぶりにベスト8へ進出、準々決勝でラファエル・ナダルに敗れた。

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出典:Wikipedia
2019/09/02 23:02
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