ゴジラ (架空の怪獣)
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3.昭和シリーズのゴジラ
3.1.『ゴジラ』(1954年)
関連メディアなどでは初代ゴジラ[7][8][9](または略して初ゴジ[10])と呼ばれることが多い。
山根恭平博士が作中で、ゴジラはジュラ紀から白亜紀にかけてまれに生息していた海棲爬虫類と陸上獣類の中間生態を持つ生物であると語った。自分の環境を破壊されたことにより出現して人間に恨みを持っているかのように東京湾から品川へと上陸し、東京の各所を次々と破壊したが、最期は東京湾に潜伏中にオキシジェン・デストロイヤーで溶解され、消滅した。
造形
造形は利光貞三、八木勘寿、八木康栄、開米栄三による[12]
着ぐるみは2体製作されている。最初に作られた通称1号スーツがあまりにも固く重すぎて演技ができなかったため、軽量化した2号スーツを急遽製作(それでも100キロ近い重さがあった)、全身カットはこの2号スーツを使って撮られることとなった[13]
1号スーツは腰部分で上下に分割され、下半分は銀座品川駅をのし歩く足のアップシーンに、上半分は水上でのシーンなどに使われた。この撮影に使われたゴジラは、宝田・河内の両主演俳優を招いた公開後の少年雑誌主催のイベント企画で、劇中同様に隅田川から東京湾へ沈められた。
鉄塔に噛みつくなど細かい表情の撮影には、腰から上の手踊り式のギニョール模型が使われた。造形は利光貞三。検討用の2粘土模型を石膏で型取りし、ゴムで抜いたものが使われた。ギニョール操作には当初、街のギニョール師が呼ばれたが、人形芝居の動きと怪獣の動きは違うためイメージが合わず帰ってもらい、中代文雄がこれを行った。操作の際は頭が邪魔にならないよう寝そべって、仰向けになって行っている。ラストシーンの「ゴジラの骨」も、利光貞三によって針金の芯に綿にゴムを浸み込ませる技法で作られている。
白黒画面で判然としないゴジラの体色であるが、開米栄三は「体表は白いゴムに油性塗料を吹付けた灰色で、口の中は色合いの違いを出すため、真っ赤に塗られていた」と述べている。一方、有川貞昌は「体色は赤黒い色で、灰色ではなかった」としていて、造形助手であった鈴木儀雄は「グレーというか茶色系で、くすんだ色でした」と証言しておりスタッフ間で証言が食い違っている。 材質・製法
当時、ラテックスはまだなく、「取り寄せたブロック状の生ゴムをバケツの水に一晩漬け、翌朝軟らかくなったところでワセリンなどを混ぜ込んで練り、粘土原型から起こした石膏の雌型に塗りつけて、これを赤外線ランプを内側に並べて作った専用の「焼き窯」の中で250度ほどで加熱乾燥させる」という工程でゴムの表皮が作られた。素材のゴムは非常に高価で1クローム5千円(当時)した[14]。八木康栄と八木勘寿の兄弟は、もともとは遊園地の展示物や菊人形の制作などを請け負っていた職人としての経験を生かし、張り子の技法で番線の鉄骨に金網、古紙を張り、上記の表皮を貼り付けてこれを作り、この表皮に、固めに練ったゴムを盛りつけヒダを作った。しかし当初はゴムの練りが足りず、試着して動くと表皮がすぐに裂けてしまう状態だった。ゴムの練りを工夫するなどして試行錯誤の末、ようやく造られた「1号」ゴジラは非常に硬く、150キロを超える重さがあることから角材すらまたげなかった。撮影中にもすぐ倒れてしまい、しかも自力で起き上がることは不可能だった。
開米によると、当時まだ発泡ウレタン(スポンジ)はなく、表皮の内側には、綿を布袋に詰めたものを一面に縫い付けたため、さらに重量が増えた。背中の出入り口にはファスナーではなくホックを使用、撮影時にはこれを針金またはテグスで縛って閉じた。足下には、長靴を使うという発想がなかったので、下駄を入れた[15]。「目玉」は、木工部で木製の卵型の球を作ってもらい、この目玉と口はオートバイのブレーキワイヤーとゴムをつなぎ、尻尾の途中から外へ出して、開米が外部操作して動かしたという。「キバ」は木製だとネズミのようになるため、ゴムで作られた。「背びれ」は金網の芯に紙を張り、ゴムを塗って作った。ゴジラの左腕は「1号」「2号」ともに粘土原型の形状に合わせて、ひじの部分で胴と一体化した形になっている。
プロトタイプゴジラ
初代ゴジラ以前に制作された雛形(着ぐるみ製作前に製作する参考模型)のゴジラ。頭部が非常に大きく直立二足歩行を行い、ワニ風の丸顔と体表を覆う蛇のようなが特徴。単純な隆起状の背びれや3本指の手など、外見は現在のゴジラ像と大きく異なる。原水爆によって焼けただれた皮膚を再現し、「生物」としてのゴジラを制作スタッフである田中友幸本多猪四郎、そして円谷英二が追求した結果、哺乳類ゴリラのイメージを合成し、爬虫類・両生類といった面よりも哺乳類に近い外見を持つ「初代ゴジラ」が誕生した[16]
公開前のイメージスチールの素材に使われたのみで劇中に登場しないため大手玩具メーカーからのフィギィアなどの発売は一切なく、玩具としては一時期発売された東宝契約商品「ゴジラビーフジャーキー」におまけとして4cm程度のフィギィアと着ぐるみ資料写真からのカードが付属していたのみである[17]
スーツアクター
ゴジラのメインのスーツアクターは、当初本多猪四郎に口説かれた元プロ野球選手の手塚勝巳が起用されたが、上記のような重さで大変体力のいるものだったため、急遽円谷によってより若い中島春雄が呼ばれ、メインを交代した。さらに開米栄三が常時サポートにつき、シーンによっては開米もゴジラに入っている(長身の開米が入ったゴジラは、脚のたるみなどが少ない)。視界は極端に狭く、内部演技者は足元しか見えなかった。このため、補佐を務めた手塚は、懐中電灯で足元を照らすことで、演技者の中島を誘導した。特撮プールでの撮影では一度、誤って水底の電力ケーブルが漏電し、中島が失神する騒ぎとなったという。円谷は連日、中島と手塚両人に、ゴジラの咆哮や動きを直接身振りを交えて念入りに指導。普段から「がにまた歩き」を徹底するよう指示し、これを「ゴジラのアクションのためのシゴキだ」と語っていたという。中島は動物園でライオンの持つ威圧感に、クマの直立する動きを参考にしたといわれる。
その後の作品での扱い
ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』のゴジラは、本作のゴジラが倒されずに生き延びているという設定である(#『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』を参照)。
ゴジラ×メカゴジラ』では最期の描写が改変され、ゴジラの死亡した場所が東京湾ではなく外房半島沖になっており、完全に溶解されず骨だけは残っている。その残された骨を利用し、3式機龍が建造される。
『ゴジラ×メカゴジラ』では初代ゴジラの上半身着ぐるみが新造され、新撮された死亡シーンに使用されている。スーツアクターは喜多川務。一部のシーンには、東京マルイが発売した「RC怪獣シリーズ」が使用されている[18]
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(3.2.『ゴジラの逆襲』以降)

7. 間宮尚彦 2000, p. 185.
8. 野村宏平 2004, p. 98.
9. オール東宝怪獣大図鑑 2014, p. 20.
10. オール東宝怪獣大図鑑 2014, pp. 230 - 232, 「キミにもできる! 歴代ゴジラ描き分け講座」
12. 大橋史典が参加していたとする説も存在するが、開米や比留間伸志らはこれを否定している[8]
13. 元山掌 et al. 2012, p. 7.
14. 円谷英二の作品世界、『ゴジラ』の誕生 より
15. 次作『ゴジラの逆襲』(1955年)からは中島春雄の意見で長靴が使われた。
16. 『最新ゴジラ大図鑑』 クラフト団(安井尚志)、バンダイ〈ENTERTAINMENT BIBLE 7〉、1991年、182 - 183頁。『スーパージオラマシアター ゴジラ』 小学館〈ワンダーライフスペシャル 愛蔵版〉、1992年、。『ゴジラ画報』 竹書房〈B media books Special〉、1993年、。ヤマダマサミ、岩崎百合子、林慶樹 『大ゴジラ図鑑』 ホビージャパン〈幻想映画美術体系〉、1995年、。
17. 資料写真は斜め左前と正面から撮影されたものの2種類がファンブックなどに掲載されているが、カードに採用されたものは前者。また、おまけとしてのプロトタイプゴジラの扱いはシークレットとなっている。
18. 「106号巻末特別付録 宇宙船 YEAR BOOK 2003」、『宇宙船』Vol.106(2003年5月号)、朝日ソノラマ2003年5月1日、 137頁、 雑誌コード:01843-05。

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出典:Wikipedia
2017/11/19 23:32
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