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キープ (通貨)
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2.歴史
2.1.第二次大戦中から戦後
1945年仏領インドシナ連邦下のラオスは3月、日本軍の仏印処理によりラオス王国として独立したが、日本が戦敗したことにより王国のラオス全土統一が機能せず、10月にはラーオ・イサラ(自由ラオス)勢力が新政権の樹立を宣言。この政権が10、20、50アット、1キープ紙幣を発行[1]
1946年、フランス軍がラオスを再制圧、ラーオ・イサラ勢力がタイに亡命。ラオスはフランス連合下での独立国となる(正式には1949年より「ラオス王国」)。この時期、引き続きフランス領インドシナ・ピアストルが流通。発行はインドシナ銀行Banque de L'Indochine)。1930年から1仏領インドシナ・ピアストル=10フランス・フランの固定レートだったが、1945年12月から1仏領インドシナ・ピアストル=17フランス・フランの為替レートに変更された。
1952年、「カンボジア・ラオス・ベトナム国立発券局(Institut d'?mission des ?tats du Cambodge, du Laos et du Vietnam)」が仏領インドシナ・ピアストルとキープの両通貨(ピアストルとキープは等価)で紙幣を発行した。この時1、5、10、100ピアストル/キープ紙幣が発行された。また初めてキープ硬貨が発行され、すでに硬貨の表記はキープのみであった。1953年に1仏領インドシナ・ピアストル(=1キープ)=10フランス・フランの為替レートでのペッグに戻された。
1957年仏領インドシナ・ピアストルとの両通貨併記の紙幣を廃止し、新キープ(通称「王国キープ」または「ヴィエンチャン・キープ (Kip Vientiane)」)が導入された。ラオス王国国立銀行 (Banque Nationale du Laos, Kingdom of Laos) 発行。シーサワーンウォン王の肖像画のある1、5、10、20、50、100キープ紙幣及び、仏暦2500年記念500キープ紙幣が発行された[2]。1962年に2代目国王のサワーンワッタナー王の肖像画の紙幣が発行された。200キープ、1,000キープも追加された。内戦等を経て、1974年の新シリーズでは500キープ、1,000キープ、5,000キープ紙幣も発行された。
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出典:Wikipedia
2020/03/20 18:31
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