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カントリー・ミュージック
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2.歴史
2.5.1970 - 1980年代、第4世代
1950 - 1960年代の急激な変化で巻き起こったブームの終焉により、1970年代に入るとカントリーは田舎の保守的な音楽と見られる傾向にあった。しかしイーグルス(Eagles)やクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルジョン・デンバー(John Denver)、マーシャル・タッカー・バンド、ケニー・ロジャースクリスタル・ゲイル、スターランド・ヴォーカル・バンド、ハリー・チェイピン、ビリー・スワン、クリス・クリストファーソン、ベラミー・ブラザーズなど、カントリーの流れを受け継ぐロック系やフォーク系のアーティストたちが活躍したことにより、人気を保ち続けることができた。

1980年代に入ると、ロナルド・レーガンによる共和党政権の復活もあり、カントリー人気が復活し、1990年代から現在に至るまでアメリカ白人の間で人気のある音楽ジャンルに位置づけられている。その後、ネオ・トラディショナル・カントリーと呼ばれるカントリーのジャンルも誕生した。ジョージ・ストレイト、リーバ・マッキンタイア、ランディ・トラヴィス、ドワイト・ヨーカムら が、このジャンルの代表的なシンガーである。

アウトロウ・カントリー[編集]


レイ・プライス(彼のバンドであるチェロキー・カウボーイズにはウィリー・ネルソン、ロジャー・ミラーが所属)を代表とする1950年代後期から1960年代の伝統的なウエスタンとホンキートンクに由来し、サブカルチャーを無視するアメリカに対する怒りをミックスしたカントリー・ミュージックの革命的なジャンルをアウトロウ・カントリーと呼ぶようになった。

ウィリー・ネルソンは「1970年代初頭に私がナッシュビルを離れた後、私はテキサス州かオクラホマ州辺りに住んで、演奏したい曲を落ち着いて演奏したかった。ウエイロンと私は大学の頃からアウトロウのイメージがあり、レコード販売を始めて私たちはそれでよかった。アウトロウであること全ては音楽と関係なく、時々記事に書かれるように若者たちは「クール」だと言う。そして聴き始める」と語った[55]

アウトロウ・カントリーでは当初ハンク・ウイリアムズ・ジュニア、ウィリー・ネルソンウェイロン・ジェニングス、ジェリー・ジェフ・ウォーカー[56]、デイヴィッド・アラン・コー、Whitey Morgan and the 78's 、ジョン・プライン、ビリー・ジョー・シェイヴァー、ゲイリー・スチュワート、タウンズ・ヴァン・ザント、クリス・クリストファーソン、マイケル・マーティン・マーフィが活躍し、のちにジョニー・キャッシュもこれに加わった。女性歌手は少なく、ジェシ・コルター、サミ・スミス、タニヤ・タッカー、ローザンヌ・キャッシュなどがいた。彼らの曲は1976年のアルバム『Wanted! The Outlaws 』に収録された。またこのサブジャンルにレッド・ダートがある。

カントリー・ポップ[編集]


1970年代にカントリーポリタン、フォーク、ソフトロックをルーツとするカントリー・ポップまたはソフト・ポップというサブジャンルが登場した。当初トップ40ラジオに登場するカントリー・ミュージックの曲やアーティストに関して言及していたが、のちによりアダルト・コンテンポラリー・ミュージックとのクロスオーバーに近づいた。グレン・キャンベル、ボビー・ジェントリー、ジョン・デンバーオリビア・ニュートン=ジョンアン・マレー、マリー・オズモンド、B・J・トーマス、ベラミー・ブラザーズ、リンダ・ロンシュタットなどのポップ歌手がカントリー・チャートでヒットするようになった。

1972年から1975年の間、歌手でギター奏者のジョン・デンヴァーがカントリーとフォーク・ロックのブレンドで『Rocky Mountain High 』、『Sunshine on My Shoulders 』、『Annie's Song 』、『Thank God I'm a Country Boy 』、『I'm Sorry 』など数々の大ヒット曲を生産し、1975年、CMAアワードの最高賞であるエンターテイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。前年、オーストラリアのポップ歌手であるオリヴィア・ニュートン・ジョンがCMAアワードの女性ヴォーカリスト賞を受賞していた。ジョージ・ジョーンズ、タミー・ワイネットなどのナッシュビルの伝統的カントリー・アーティストはこの新しいトレンドに不満であり、1974年にカントリー・エンターテイナー協会を組織したが短命に終わった。

1960年代後期からカントリーで高い成功をおさめていたドリー・パートンが、1970年代中期にポップ・ミュージックへのクロスオーバーを大々的に行ない、1977年に『Here You Come Again 』がカントリー・チャートで第1位、ポップ・チャートで第3位に達した。デュエット・パートナーのケニー・ロジャースは逆にポップ、ロック、フォーク・ミュージックで成功した後にカントリー・チャートへのランクインを目指し、同年『Lucille 』がカントリー・チャートで第1位、ポップ・チャートで第5位に達した。1980年代に入ってからもパートンとロジャースは共にカントリーとポップで成功し続けた。クリスタル・ゲイル、ロニー・ミルサップ、バーバラ・マンドレルなどもポップ・チャートでの成功を目指した。

1975年、作家のポール・ヘンフィルは『Saturday Evening Post 』で「カントリー・ミュージックはもはや本物のカントリーではなく、アメリカの人気のある音楽全ての融合と言っても過言ではない」と語った[57]

1980年代初頭、カントリー・アーティストはポップ・チャートでのヒットを目指し続けた。この頃、『ビルボード』誌のシングル・チャートにおいて、ウィリー・ネルソンの『Always on My Mind 』が1982年に第5位、『To All the Girls I've Loved Before 』が1984年に第5位、ジュース・ニュートンの『Queen of Hearts 』が1981年に第2位、『Angel of the Morning 』が1981年に第4位を獲得した。他に1980年晩秋にケニー・ロジャースの『Lady 』が第1位を獲得し、1981年初頭にドリー・パートンの『9 to 5 』とエディ・ラビットの『I Love a Rainy Night 』がかわるがわる第1位を獲得し、1983年にビージーズBarry, Robin & Maurice Gibb が作曲したパートンとロジャースのデュエット『Islands in the Stream 』も第1位を獲得してポップとカントリーのクロスオーバーでヒットした。ニュートンの『Queen of Hearts 』ももうすぐ第1位を獲得するところであったが、ダイアナ・ロスライオネル・リッチーのポップ・バラード『エンドレス・ラブ』に阻まれた[58]。1980年代後半にはクロスオーバーでヒットした曲は少なくなり、1989年にはロイ・オービソンの『You Got It 』が唯一ポップ・チャートとカントリー・チャートの両方でトップ10にランクインした[59][60]

レコード売上において、プラチナ認定バンドのアラバマがACMアワードで1980年代のアーティスト・オブ・ザ・ディケイドを受賞した。

ネオカントリー[編集]


1980年、映画『アーバン・カウボーイ』でチャーリー・ダニエルズ・バンドの『The Devil Went Down to Georgia 』などのより伝統的な曲とともに、「ネオカントリー・ディスコ・ミュージック」のスタイルの人気が上がった[61][62]。関連するサブジャンルにはテキサス・カントリー・ミュージックがある。

1981年にはレコード店の売上が2億5千万ドルにまで跳ね上がり、1984年までにラジオ局900か所がカントリーやネオカントリー・ポップを専門に流すようになった。突然の流行であったが、1984年までには1979年の売上までに下がった[61]

トラック・ドライビング・カントリー[編集]


トラック・ドライビング・カントリー・ミュージックはカントリー・ミュージックのジャンルの1つであり[63]、ホンキートンク、カントリー・ロック、ベイカーズフィールド・サウンドのフュージョンである[64]。カントリー・ロックのテンポとホンキートンクの感情を持ち[64]、歌詞はトラック運転手のライフスタイルに焦点をあてている[65]。トラック・ドライビング・カントリーはしばしばトラックと愛について歌われる[64]。トラック・ドライビング・カントリーで知られるアーティストにはデイヴ・ダドリー、レッド・ソヴァイン、ディック・カーレス、レッド・シンプソン、デル・リーヴズ、ウイリス・ブラザーズ、ジェリー・リード、C・W・マコール(ビル・フライズ)、クレダス・マガード(ジェイ・ハガリー)などがいる[64]。ダドリーはトラック・ドライビング・カントリーの父として知られている[65][66]

ネオトラディショナル・ムーブメント[編集]


1980年代中期、多くの新人アーティストが洗練されたカントリー・ポップではなく、より伝統的な「ベーシックへの回帰」をしてラジオやチャートで人気が出るようになった。1986年、ランディ・トラヴィスがアルバム『Storms of Life 』でデビューして400万枚を売り上げ、1987年、『ビルボード』誌の年間カントリー・アルバム・チャートで第1位を獲得した。1980年代後半、多くのアーティストが伝統的ホンキートンク、ブルーグラス、フォーク、ウエスタン・スウィングなどを歌った。ネオトラディショナル・カントリーの特徴的なアーティストにはトラヴィス・トリット、キース・ウィットリー、アラン・ジャクソン、リッキー・スキャグス、パティ・ラヴレス、キャシー・マッティア、ジョージ・ストレイト、ザ・ジャッズなどがいる。

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(2.4.1950 - 1960年代、第3世代)
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(2.6.1990年代、第5世代)
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出典:Wikipedia
2019/09/20 10:01
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