オーストラリア
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1.概要
1.3.マーチャント・バンクの機関化
1960年代と1970年代は激動期であった。羊毛主体であった産業構造は鉱業主体となった。この間にまずポセイドン・バブルが起きた。それから国際的に遅れて変動為替相場制をとった。また、この期間にオーストラリア系銀行日本香港マレー半島を除く極東地域で支店数を増やした。1961年にたった12店舗であったのが1978年に528店舗となり、これほどの急展開を諸外国の銀行に見ることはできなかった[16]。1980年マーチャント・バンク(merchant bank)のニューガン・ハンド・バンク(Nugan Hand Bank)が倒産した。CIAの天下る同行は資金洗浄でもスキャンダルとなり、マーチャント・バンクの機関化する背景を成した。1986年、ロイズ銀行スタンダードチャータード銀行に買収をしかけたとき、主役のロバート・ホームズ・アコート、HSBC包玉剛メイバンククー・テクバ、以上の三人が阻止に成功した[17][18]。ロバートの出身はイギリスのヘイツベリー(Heytesbury)男爵の閨閥であるが、ヘイツベリーは19世紀初期の腐敗選挙区であった。ホワイトナイトを演じたロバートは、スタンダードチャータード銀行のトップ・マネジメントに迎えられた[19]。クー・テクバはスタンダードチャータード銀行の重役を辞めた[18]。一番上の息子邱万福(Khuu Ban Hock)はブルネイ国立銀行(National Bank of Brunei)元会長であったが、同行で金融犯罪に手を染め折り悪く有罪を認めていた[20][21]。ブルネイ国立銀行はクーが王族と出資割合7対3で1965年に創立したが[22][23]ブルネイ通貨委員会の設立が2年後であるのと比べて早い。この1986年にはHSBCと懇意の李嘉誠が万科城市花??墅(Vanke City Garden)を中国光大グループに売却し内部者取引として非難を浴びているが[24]、2000年Powercor Australia を買収[25]、2013年PA親会社の南オーストラリア電力の持つ利権をめぐって税務署と衝突し[26]、2017年1月現在も電力事業の買収を続けている[27]

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出典:Wikipedia
2018/08/12 18:31
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