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エドワード2世 (イングランド王)
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1.生涯
1.7.議会で廃位される
1327年1月にウェストミンスターに議会が招集された。このときの議会も1322年のヨークでの議会と同様に州・都市代表を多数含んでおり、さらにウェールズ代表も出席していた。したがって代議制の面が強い議会であった[29]。また反国王派の司教たちが説教壇から国王の愚かさを強調する演説をして、議会外の国王廃位の世論の盛り上げも行われた[29]

議会はエドワード2世の廃位を決議した。エドワード皇太子(エドワード3世)が新国王に指名されたが、エドワード皇太子は父からの正式な譲位の文書がなければ王位継承しないと返答したので、議会は1月20日にケニルワース城に代表を送ってエドワード2世に譲位文書に署名するよう迫った。議会の廃位決定を聞かされたエドワード2世は絶望して消え入りそうな声でその決定を受諾する旨を答え、署名に応じたという[30]。そして1月25日に議会代表者より「エドワードにたいするあらゆる臣従と忠誠を放棄する」との宣言が発せられた[29]

この時の廃位に議会の決議という手段が使われたことは、王国の諸身分の代表が集まる集会で表明される国民の総意は王位すら左右できることの前例になったという点でイギリス立憲主義に大きな意義があったといえる[31]

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(1.8.惨殺されて崩御)
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出典:Wikipedia
2020/01/14 01:30
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