サービス終了のお知らせ
エスミル・ロジャース
▼人気記事ランキング
1.経歴
1.1.プロ入りとロッキーズ時代
2003年7月10日コロラド・ロッキーズと契約。

2006年、傘下のパイオニアリーグのルーキー級キャスパー・ロッキーズでプロデビュー。15試合に先発登板して3勝6敗・防御率6.96・40奪三振の成績を残した。

2007年はA級アッシュビル・ツーリスツでプレーし、19試合(先発18試合)に登板して7勝4敗・防御率3.75・90奪三振の成績を残した。

2008年はA+級モデスト・ナッツで25試合に先発登板して9勝7敗・防御率3.95・116奪三振の成績を残した。

2009年3月4日にロッキーズとメジャー契約を結び、3月9日にAA級タルサ・ドリラーズへ異動した[1]。開幕後はAA級タルサでプレーし、15試合に先発登板して8勝2敗・防御率2.48・83奪三振と好投したため、7月にAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ昇格。AAA級コロラドスプリングスでは12試合(先発11試合)に登板して3勝5敗・防御率7.42・46奪三振の成績を残した。9月12日にメジャーへ昇格し[2]、同日のサンディエゴ・パドレス戦で先発起用され、メジャーデビュー。4回を投げ3安打2失点2四球2奪三振だった。この年メジャーではこの1試合の登板にとどまった。

2010年3月5日にロッキーズと1年契約に合意。3月21日にAAA級コロラドスプリングスへ異動した[3]が、開幕直前の4月3日にメジャーへ昇格した[4]。開幕後はリリーフとして3試合に登板したが、4月16日にAAA級コロラドスプリングスへ降格[5]5月1日にリリーフのフアン・リンコン英語版DFAとなったため、メジャーへ昇格[6]。昇格後は先発として2試合に登板したが、いずれの試合も打ち込まれたため、その後はリリーフに再配置された。5月23日カンザスシティ・ロイヤルズ戦では5点リードの5回1死から登板し、2回を投げ5安打2失点だったが、メジャー初勝利を挙げた。6月2日フランクリン・モラレス故障者リストから復帰したため、AAA級コロラドスプリングスへ降格[7]6月30日に再昇格し、2試合に登板したが、7月9日ホルヘ・デラロサが故障者リストから復帰したため、AAA級コロラドスプリングスへ降格[8]8月8日に先発として再昇格し[9]、同日のピッツバーグ・パイレーツ戦で2勝目を挙げたが、その後4試合では勝ち星を挙げることができず、9月からリリーフに復帰した。シーズン最終戦となった10月3日セントルイス・カージナルス戦では先発として登板したが、4回7安打4失点(自責点2)で敗戦投手となった。この年は28試合(先発8試合)に登板して2勝3敗・防御率6.13・66奪三振の成績を残した。

2011年3月3日にロッキーズと1年契約に合意[10]。開幕後は先発として5試合に登板し、3勝(1敗)を挙げたものの、防御率は7.66と結果を残せず、5月7日には広背筋の痛みを訴え、15日間の故障者リスト入りした[11]7月25日に復帰[12]。8月から先発に復帰し2連勝したものの、その後は勝ち星から遠ざかり、9月中旬には再びリリーフに転向となった。この年は18試合(先発13試合)に登板して6勝6敗・防御率7.05・63奪三振の成績を残した。

2012年3月3日にロッキーズと1年契約に合意。リリーフとして開幕ロースター入りし、開幕後は23試合に登板したが、0勝2敗・防御率8.06と結果を残せず、6月9日にDFAとなった[13]

[6]次ページ
(1.2.インディアンス時代)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2020/02/13 11:34
ソ人気記事ランキング
2020/03/29 更新
 1位成宮いろは
 2位増岡弘
 3位大学の略称
 4位ジャーマンウイングス9525便墜落事故
 5位玉木玲
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant