エアバスA300-600
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1.沿革
1.7.その後の展開
エアバスはA310とA300-600に続く製品開発も進め、同社初の単通路機(ナローボディ機)であるA320を開発した[65]。A320での飛行制御システムはA300-600から一段と進化し、完全なグラスコックピットとなり操縦装置も従来の操縦桿に替えてサイドスティックが採用された[66]。A320は1987年2月に初飛行して1988年2月に型式証明を取得し、1988年3月に航空会社への引き渡しが始まった[65]

さらにワイドボディ機の分野でも、エアバスはA300より大型で長航続距離の旅客機市場へ進出を図り、大型双発機のA330と4発機のA340を同時並行的に開発した[69][68]。A340は1993年2月、A330は1994年1月にそれぞれ路線就航を開始した[69]。A330とA340の胴体断面はA300と同じものであったが、主翼は新設計となったほか、コックピットやシステムはA320とほぼ共通化された[70]。A320以降のエアバス製旅客機では、操縦システムの共通化により相互乗員資格(Cross Crew Qualification, 以下CCQ)制度が認められ、対象機種の操縦資格を持つ操縦士は、短期間の転換訓練で別機種の操縦資格を取得できるようになった[71]

エアバスは、A320以降の機種でも参加各国でパーツやコンポーネントの生産を分担する体制を続けていた[72]。これまで、参加各国で生産されたコンポーネントの輸送には「スーパーグッピー」輸送機が用いられてきたが、同機が旧式化したことに加え、エアバスの事業が急成長したことで、これに対応するために新しい輸送機が必要になった[75][76]。そこで、エアバスは、A300-600Rをベースとした新型輸送機A300-600ST(ベルーガ)を開発することを1991年8月に正式決定した[77]。A300-600STは、主翼やエンジンなどをA300-600Rと同じくし、大型貨物を収容できるよう胴体上半分が極めて太いものとなった[76]。A300-600STは1994年9月13日に初飛行し、1995年10月25日に引き渡しが始まった[77]。A300-600STは2001年までの間に5機生産され、全機がエアバス子会社の「エアバス・トランスポート・インターナショナル」(Airbus Transport International)で運航され、これによりエアバス機の生産に従事していたスーパーグッピーは全機退役した[77][77]

A300-600登場後の引き渡し数は、1980年代末から1990年代前半まではおおむね毎年20機超であったが、A340とA330の納入が始まり1990年代半ばになると売れ行きが鈍り、毎年10機程度の生産となった[80][79]。CCQの対象外であったA300とA310は、A320から始まったエアバス機のファミリー化の流れから取り残される形になった[80]。2006年3月8日、エアバスはA300とA310の生産を2007年7月で終了すると発表し、以降は受注済み機体の生産を終え次第、製造ラインを閉じることとなった[81][61]。最終生産機は製造番号878号機のA300-600R貨物型であり、2007年4月18日に初飛行し、同年7月17日にフェデックスに引き渡された[61]

A300-600STを含めたA300-600シリーズの生産数および納入数は317機であった[64][82]。各型式の内訳はA300B4-600が35機、A300C4-600が4機、A300B4-600Rが167機、A300C4-600RCが2機、A300F4-600Rが104機で、A300-600STが5機であった[80][83]

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(2.1.形状・構造)
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出典:Wikipedia
2019/10/06 00:02
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