エヴィア島
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3.歴史
3.2.中世から近代
エヴィア島はローマ帝国分裂後、東ローマ帝国に引き継がれた。1157年にはシチリア王国の軍隊によってエヴィア島沿岸の町は全て破壊された。その後の第4回十字軍の結果、東ローマ帝国の領土が分割されると、エヴィア島は3つの領地に分けられ、ヴェネツィア共和国の影響下に置かれることとなった。しかし1470年にはオスマン帝国スルタンメフメト2世によって、激戦の末に要塞化されたネグロポンテ(ハルキス)の町は、ヴェネツィア共和国からオスマン帝国の手に渡った。その後、1479年の講和でユービア島は正式にオスマン帝国領となった。1470年から1830年に亘るオスマン帝国の支配の間、エヴィア島はエーリボズ島E?riboz)という名称で呼ばれることとなった。1830年に起こったギリシャ独立戦争の結果、エヴィア島は新しく建国されたギリシャ王国の領土となった。
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出典:Wikipedia
2016/10/19 02:33
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