ウマイヤ朝
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1.概要
サラセン帝国(かつてのヨーロッパでの呼称)、大食での呼称)、またはカリフ帝国やアラブ帝国と呼ばれる体制の王朝のひとつであり、イスラム帝国のひとつでもある。

イスラームの預言者ムハンマドと父祖を同じくするクライシュ族の名門で、メッカの指導層であったウマイヤ家による世襲王朝である。第4代正統カリフであるアリーとの抗争において、660年自らカリフを名乗ったシリア総督ムアーウィヤが、661年のハワーリジュ派によるアリー暗殺の結果、カリフ位を認めさせて成立した王朝。首都はシリアのダマスカス。ムアーウィヤの死後、次代以降のカリフをウマイヤ家の一族によって世襲したため、ムアーウィヤ(1世)からマルワーン2世までの14人のカリフによる王朝を「ウマイヤ朝」と呼ぶ。750年アッバース朝によって滅ぼされるが、ムアーウィヤの後裔のひとりアブド・アッラフマーン1世イベリア半島に逃れ、後ウマイヤ朝を建てる。

カリフ位の世襲制をした最初のイスラム王朝であり、アラブ人でムスリムである集団による階級的な異教異民族支配を国家の統治原理とするアラブ帝国である。非ムスリムだけでなく非アラブ人のムスリムにもズィンミー(庇護民)として人頭税(ジズヤ)と地租(ハラージュ)の納税義務を負わせる一方、ムスリムのアラブ人には免税となるアラブ至上主義を敷いた。また、ディーワーン制や駅伝制の整備、行政用語の統一やアラブ貨幣鋳造など、イスラム国家の基盤を築いた。

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(2.1.草創期:ムアーウィヤの時代)
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出典:Wikipedia
2019/12/08 12:30
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