イロイロ
▼人気記事ランキング
3.歴史
3.2.スペイン人の征服とイロイロへの移転
1566年、スペイン人ミゲル・ロペス・デ・レガスピセブ島からフィリピン征服を始め、マニラに向かって北上していた頃、その部下達がパナイ島に来てオグトング(Ogtong、現在のオトン Oton)に入植した。エンコミエンダ制に基づき、ゴンザロ・ロンキーヨ(Ronquillo)が支配下の地元民を保護・教化しながら労役に使用できるエンコメンデーロの地位に就いた。これは後に総督となった。

1581年、ロンキーロはモロ人の海賊やイギリスオランダの攻撃を受け、町の中心をオトンから12km西に移し、母国スペインのアビラ(?vila)にある自らの故郷の町から名をとり、ラ・ヴィラ・デ・アレヴァロ(La Villa de Arevalo)と改名した。

1700年、オランダ軍とモロ人の攻撃はやまず、スペイン人植民者はさらに25km西にあるイロン=イロン(Irong-Irong または Ilong-Ilong)の村に本拠を移した。ここはパナイ島を蛇行する川(現在のイロイロ川)の河口で、地形的にも戦略的にも守りやすい土地であった。彼らはサンペドロ要塞を築き、攻撃への備えとした。イロン=イロンは「イロイロ」に短縮され、天然の良港はやがて地域の中心となった。

[4]前ページ
(3.1.植民地化以前)
[6]次ページ
(3.3.繊維産業の盛衰と砂糖輸出の発展)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2019/07/13 10:01
ソ人気記事ランキング
2019/12/08 更新
 1位日本
 2位HR 8799 c
 3位HR 8799 d
 4位HR 8799 b
 5位山口小夜子
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant