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アクアポリス
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2.建造とオープンまでの経緯
沖縄国際海洋博覧会の日本政府出展物として、博覧会のテーマである「海-その望ましい未来」を具現するシンボル的存在の建造物として建設された。(社)日本海洋開発産業協会の基本設計[2]、菊竹清訓建築設計事務所の設計の元、1973年(昭和48年)10月から1975年(昭和50年)2月にかけて、広島県広島市中区江波沖町の三菱重工広島造船所江波工場(現・三菱重工広島制作所江波工場)で本体部分が建造された。アクアポリスは自力で航行する推進力を持たないことから、4月18日から3隻のタグボート瀬戸内海佐田岬までは補助引き舟2隻・警戒船2隻が同行)で平均5ノットという低速で沖縄本島・備瀬崎の会場沖まで曳航された。内部工事や艤装工事は5月に完了した。

アクアポリスは4本のロワーハルと呼ばれる巨大な浮き(水中に隠れるので「潜水体」とも呼ばれる)の上に16本の円柱型の柱(コラム)を立てて主甲板を支える構造で、ロワーハル内のバラストタンクに海水を注入することで喫水を5.4 mから20 mまで変化させることが可能だった。これは台風接近時の暴風による高波から構造物を保護するため、暴風時にはバラストタンクに海水を入れて喫水を12.5m - 15.5mにまで下げ(半潜水状態)、海底のアンカーに固定された係留用の(16本)をアクアポリスのコラム下部に設置されたウインチで手繰り寄せ、沖合い約200mまで移動する動きを可能にした(会期中の11月23日には台風20号が接近し、閉館して沖合い移動を行った)。

アクアポリスの主甲板には、48台のテレビ受像機を組み合わせたスクリーンや仮設舞台を持つ「アクアホール」・食堂・医務室・機械室・展示区画が、その上の上甲板にはヘリポートや水耕栽培エリアを持つ「アクア広場」が設けられた。

アクアポリスと陸上とは、長さ約250 mの「アクア大橋」で接続された。この橋のアクアポリス側はアクアポリスの縦ゆれに追従し、アクアポリスが沖合いに避難している間は縮む構造がとられた。

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出典:Wikipedia
2020/02/04 03:01
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