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アウステルリッツの戦い
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7.評価
7.1.モニュメント
パリ市内のヴァンドーム広場に立つコラム(立柱)はアウステルリッツの戦いで鹵獲した大砲を鋳潰して製作された[85]。このコラムはナポレオンの没落後のフランスの国内情勢の変遷により論争の対象になり、頂上のナポレオン立像を取り除かれたり、パリ・コミューンの際には倒されたこともあった。コラムはパリ・コミューン崩壊後に再建され、現在の姿で残っている。また、アウステルリッツの戦勝を記念して1806年にエトワール凱旋門の建設が決められた[85](完成は1836年)。パリにはこの会戦に由来するオステルリッツ駅Gare d'Austerlitz)がある。

古戦場であるチェコのスラフコフ・ウ・ブルナには平和記念碑や戦跡碑がある。会戦200周年となる2005年には同市で記念式典が開かれたが、フランス国内でナポレオンの歴史的評価を巡る後述の論争が引き起こされ、大統領や首相は出席せず、ミシェル・アリヨ=マリー国防大臣のみが出席した[86]。この町では毎年アウステルリッツの戦いを再現するイベントが催されている[87]

オランダユトレヒトには「アウステルリッツのピラミッド」(Pyramide van Austerlitz)と呼ばれる記念碑がある。これはオランダに駐屯していたオーギュスト・マルモン将軍が1804年に築かせたもので、エジプト・シリア戦役の際に目にしたピラミッドをモチーフにしている[88]。元々はアウステルリッツの戦いとは関係のない建築物だったが、1806年にオランダ王となったナポレオンの弟ルイ・ボナパルトが兄の戦勝を記念して命名したものである[88]。ルイ・ボナパルトは更にユトレヒト近郊の町をアウステルリッツ (enと命名している。

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(7.2.『戦争と平和』)
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出典:Wikipedia
2020/01/21 11:00
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