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アイオワ州
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1.歴史
1.5.アメリカ人による開拓と州昇格(1832年-1860年)
アイオワに公式にアメリカ合衆国の開拓者が入ったのは1833年だった[18]。彼等は主に家族を連れてオハイオ州ペンシルベニア州ニューヨーク州インディアナ州ケンタッキー州バージニア州などから移ってきた[18]ミズーリ準州の一地区となったアイオワは、以後、ミシガン準州ウィスコンシン準州を経て、1838年7月4日、アメリカ合衆国議会がアイオワ準州を設立した。マーティン・ヴァン・ビューレン大統領がロバート・ルーカスを準州知事に指名した。当時のアイオワは22の郡があり、人口23,242人だった[19]

準州になるのとほとんど同時に州昇格を求める声が興った。1846年12月28日、ジェームズ・ポーク大統領がアイオワの編入法に署名して、アイオワは合衆国29番目の州に昇格した。この昇格と同じ頃に境界論争も解決され、その領土はインディアンから購入したものが大半だった。アイオワ州は発展計画に取りかかり、若いフロンティアの州の肥沃な農業用地、素晴らしい市民、自由で開放的な社会および良い政府を宣伝して、開拓者と投資家を惹き付ける組織的な運動を行った[20]

アイオワ州では昔から州祭や郡祭が行われている。第1回と第2回のアイオワ州祭はフェアフィールドのより開発の進んだ州東部で開催された。第1回は1854年10月25日から27日に開催され、費用は約323ドルだった。その後会場は州中央部に近付いていき、1886年からは州都デモインで開催されるようになった。1898年は米西戦争が起こり、ネブラスカ州オマハでトランス・ミシシッピ博覧会英語版が開催されたので、州祭の開催は見送られたが、これ以外は毎年続いていた。さらに第二次世界大戦の1942年から1945年にも中断された[21]

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出典:Wikipedia
2020/02/27 05:30
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