アリゴ・サッキ
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1.経歴
1.3.ACミラン時代
ミランの監督に就任したサッキは早速、新しい戦術を模索する。カルチョ伝統のカテナチオを否定し、4人のDFの選手をフラットに並べる、という守備面に見ることができ、DFからFWまでの距離を広げず中盤をコンパクトにし、そこでプレッシングをかけてボールを奪い、高いポジションから攻めに出るというものだった。攻守両面において、高い運動能力とスタミナ、献身的な精神、高い技術が必要だった。しかし、サッキには、戦術を浸透させるための時間があり、ACミランにはそれに応えられるフランコ・バレージパオロ・マルディーニに加え、オランダ人トリオフランク・ライカールトマルコ・ファンバステンルート・フリットといった有能な選手が在籍していた。サッキのミランは、ベルルスコーニとミラニスタが期待した以上の結果を挙げて、イタリア史に残る好成績を残す。
サッキは、就任1年目のシーズンでスクデット獲得に成功した。そして翌年からUEFAチャンピオンズカップを2連覇。特に1988-89シーズンには準決勝でレアル・マドリードに2試合合計6-1と大勝、決勝でもステアウア・ブカレストに4-0で完勝し、サッキは名将としての地位を不動のものにした。

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出典:Wikipedia
2018/12/23 02:30
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