アメリカンフットボール
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3.歴史
3.1.大学における発展
アメリカに初めて英国のフットボールが紹介されたのは、1867年であるとされている。始めたのはプリンストン大学で、アソシエーション式(初期のサッカー)のゲームであったが、プレーヤーの数は各チーム25人の計50人だった。続いてラトガーズ大学でも、やはりアソシエーション式のフットボールを始めたのだが、プリンストン大学とはルールが異なっていた。

アメリカにおける最初のフットボールの大学対抗試合(インターカレッジ・フットボール)は、やはりアソシエーション型のゲームで、プリンストン大学とラトガーズ大学の間で、1869年にニュージャージー州のニューブランズウィックで行われた。1チーム25人ずつのプレーヤーによるゲームで、キックかヘディングによりゴール数を競い、先に6点取った方が勝ちというゲームだったことが記録に残されている[19]。しかし、この時点ではまだ丸いボールを使用し、ボールを持って走ったり、投げたりすることは認められていなかった。そして、コロンビア大学、プリンストン大学、ラトガーズ大学、およびエール大学から成るインターカレッジエイト・(サッカー)フットボール・アソシエーション[20]が、ルールを標準化するために1873年に作られた。

一方、ハーバード大学はこのグループに参加することを拒否。他の相手を求めてカナダのモントリオールマギル大学からの挑戦を受け、1874年5月14日、ラグビールールの試合を行った[19][注 3]。そしてその後も2校は、ラグビールールの下で、1874年から1875年にかけてシリーズ戦を行った。ラグビータイプのゲームはまもなく他の学校にも流行り始め、その後十年以内にアメリカンフットボール特有のゲーム形式が発展して行った。そして19世紀後半以降、アメリカンフットボールは、大学のスポーツとして人気を博すことになる。

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(3.2.ルールの整備)
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出典:Wikipedia
2020/01/15 12:30
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