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ヴロツワフ
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1.歴史
1.3.ポーランド・ピャスト朝
990年頃、他のシロンスク地方の都市とともにポーランド公国1025年よりポーランド王国となる)に属し、ミェシュコ1世ボレスワフ1世(勇敢王)時代のピャスト朝の支配下に入っていた。当初、開拓の中心地はオドラ川の中洲にあった。

西暦1000年のグニェズノ会談において、神聖ローマ皇帝オットー3世とボレスワフ勇敢王がカトリック教区の設置を決めた(Roman Catholic Archdiocese of Gniezno)。その後まもなくヴロツワフに最初の司教座が置かれた。10世紀にはすでに都市は建設されていたが、公式には西暦1000年がヴロツワフ建設の年として見なされ、2000年には都市建設1000年が祝われた。11世紀にはポーランド王国に2箇所あった貨幣鋳造所の一つが設立され(もう1箇所は当時の王国首都クラクフに設立された)、ポーランド王国の金融産業の一大中心地となった。

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(1.2.ヴロツワフの建設)
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(1.4.ボヘミア・ハプスブルク期)
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出典:Wikipedia
2019/08/25 21:00
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