ロシア
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2.国名
正式名称はРоссийская Федерацияラテン文字転写: Ross?jskaja Feder?cijaラスィーイスカヤ・フィヂラーツィヤIPA: [r??s?ijsk?j? f??d???rats?j?]  発音/ファイル])、またはРоссияRoss?jaラスィーヤ[r??s?ij?]  発音/ファイル])。
これはそれぞれ日本語表記のロシア連邦ロシアに相当するが、憲法で双方とも正式名称であるとされている[18]。略称はРФ (RF)。公式の英語表記は、Russian Federation
キリル文字ラテン文字転写、ロシア語のカタカナ表記にはいずれも多数の方式、表記があり、ここに挙げたものは一例である(本記事の以下の転写も同じ)。
日本語表記は以前はよりロシア語名に近いロシヤと書かれることが少なくなかったが、1980年代頃からギリシャ語風の(つまり他のヨーロッパ諸国の名称に合わせた)ロシアという表記が完全に主流となった。なお1991年平成3年)の内閣告示『外来語の表記』には、細則的な事項として「イ列・エ列の音の次のアの音に当たるものは、原則として「ア」と書く。」とあり、これに従った場合の表記はロシアになる[19]。現代日本語の漢字表記露西亜で、略称は[20]江戸時代にはオロシャをろしやとも呼ばれた。これは、中国語の「俄羅斯」およびモンゴル語Орос(オロス)に近い呼び名である。日本の江戸時代から戦前にかけては魯西亜という表記が主流で、1855年に江戸幕府とロシア帝国の間で初めて結ばれた条約は「日本国魯西亜国通好条約」という名称になった。この漢字表記について1877年(明治10年)にロシア領事館から「魯は魯鈍(愚かなこと・様子)を連想させる」との抗議を受けた当時の日本政府は、ロシア側の希望を容れ表記を露西亜とした。だが露の字も「日(=日本)が昇ると(ろ・つゆ)は消える」というマイナスイメージがあることから、この様な表記の変更を敢えて受け入れたことに当時の対ロシア観が現れているとする見方もある[21]。なお、白川静の『字統』によると「魯」の原意は「おろか」でなく「よろこび」[22]
ロシアの国名は、現在のロシア北西部とウクライナベラルーシにあたるルーシという国家のギリシア語?ω?から派生した?ωσσ?α(現代ギリシャ語ではΡωσ?α)の発音によって生まれた名前である。この名は、ルーシの北東の辺境地に起こったモスクワ大公国がルーシ北東地域を統合し、“ルーシの遺産の争い”をめぐってリトアニア大公国と対立していた16世紀イヴァン4世(雷帝)の頃に使われ始め、自称に留まったロシア・ツァーリ国を経て、18世紀初頭のピョートル1世(大帝)がロシア皇帝インペラートル)と称したことにより対外的にも正式の国名となった。
ルーシのギリシャ語風名称としてのロシア(正確には「ローシア」)という語[23]はかつてのルーシの諸地域を指し、ルーシ北西部を「大ロシア」[24]現在の西ウクライナあるいは中・南部ウクライナを「小ロシア[25]と呼んだ。ベラルーシも「白ロシア[26]という意味である。しかし、小国の乱立したルーシ地域では早くからウクライナやベラルーシの人々とロシアの人々との間には異なった民族意識が醸成されていった。結果、これらの国々はロシア帝国の崩壊後別々の国家を樹立し、再統合されたソ連邦下でも別々の共和国とされ、ソ連邦の解体に際しては別々に独立することとなった。別の観点から言うと、ロシアはキエフ・ルーシ時代、その大公権に属するモスクワ公国という小さな一部分に過ぎなかったが、ジョチ・ウルスの時代に征服者モンゴルとうまく協調したこと(税金を進んでモンゴルに納めたことなど)や、隣国を破って旧キエフ・ルーシの東側領土の大半を影響下に収めたこと、帝政時代の極東への進出と拡張により大国となった。その権力の正統性を説明するため、モスクワは東ローマ帝国からローマの威信も受け継いだという学説も考案された[27]。こうしたことから、モスクワ大公国は「偉大なルーシ」の権力を継ぐ国家であると自称するようになり、なおかつヨーロッパ国家の一員であるという考えから公式にギリシャ風の「ロシア」を国号として用いるようになった[28]
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(3.歴史)

18. ロシア連邦憲法第1編第1章第1条第2項。Constitution of Russia(英訳)参照。
19. “内閣告示第二号『外来語の表記』”. 文部科学省. 2011年10月14日閲覧。
20. ソビエト連邦崩壊直後、日本の新聞では毎日新聞産経新聞が旧ロシア帝国と同じ「露」を使用する一方で、朝日新聞読売新聞は旧ロシア帝国と区別するため「」と表記していた。しかし、片仮名で「」と表記すると「(くち)」と誤認され易いためか後に読売新聞も「露」に転換しており、「ロ」の表記は朝日以外にNHK共同通信(但し、加盟社でも中国新聞のように「露」を使用する社もある)が使用しているものの少数となりつつある。英語では、帝国時代を「Russian Empire」、大統領制時代を「Russian Federation」として両者を区別し、現在の大統領制時代を指す場合は単に「Russia」とせず、「Russian Federation」ないし「Russian Fed.」と、国号についている「連邦」を強調する表記を用いる場合が多い。なお、日本国の外務省は「露」を用いている。
21. 渡辺雅司 『明治日本とロシアの影(ユーラシア・ブックレット)』 東洋書店2003年, pp.4-5
22. 明治10年に、ロシア領事館の抗議により、ロシアの漢字表記を「魯西亜」から「露西亜」に変更したとウィキペディアに書かれているがそれを確認するものは何かないか。(神戸市立中央図書館) 国立国会図書館サーチ
23. ルーシは伝統的にギリシャからの文明的影響を受けてきており、より高等な文明の地であるギリシャの言語の使用はヨーロッパ国家として意義のあることであった。また、外国からも古東スラヴ語名の「ルーシ」ではなくギリシャ語で呼ばれることが少なくなかった。
24. 大ルーシ
25. 小ルーシ。時期により指す地方が異なる。
26. 白ルーシ
27. いわゆる「モスクワ第3ローマ論」であるが、この論は当初は宗教的側面からの戒めを説くもので、必ずしもロシアの帝国化を正当化するために考案された理論でもなかった。
28. 「ルーシ」の語には様々な地域概念があり、政治に都合よく使われてきた用語である。当初、モスクワ大公国が用いた意味での「ルーシ」はノヴゴロド・ルーシを起源とした北東地域を指していたが(当時の宗主ジョチ・ウルス宛ての文書でモスクワ大公はその地域を指して「ルーシ」と呼んでいる)、やがてはジョチ・ウルスに対抗するためのアイデンティティーの拠り所として諸公の団結の合言葉に用いられ、その後モスクワ国家の強大化とロシア帝国の完成課程で「ルーシ」はかつてのキエフ・ルーシ全体の地域概念を指す用語にすり替えられた。そして、その用法における「ルーシの再統一」が、モスクワ国家=ロシア帝国がベラルーシやウクライナ全土、果ては「緑ルーシ」と名付けられたシベリア(無論、そう名付けられるまで「ルーシ」の地域ではなかった)を併合する大義名分となった。その論法はソ連邦の結成時にも使用された(国歌に謳われるとおりである)。

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出典:Wikipedia
2017/10/07 01:30
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