ロードレース世界選手権
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6.日本人の活躍
6.5.日本におけるテレビ中継
現在、地上波では日本テレビがMotoGPクラスを中心に録画放送を実施。CS放送ではスカパー!の日テレG+で、全クラス予選・決勝レースの完全放送が行われている(基本は巨人戦生中継最優先の為、重ならない場合は生中継実施)。2016年度は巨人戦の生中継が重なった場合BSスカパー!で放送される[40]。BSではBS日テレがMotoGPクラスを中心に録画放送(ただし、日本GPのみ生中継)[41]

歴史[編集]


1987年
1988年
1989年
89年当時の世界GPは、F-1のプロモーターとして知られる、当時のFOCA(現FOM)会長のバーニー・エクレストンがGPの興行にも触手を伸ばしてきた頃で、エクレストンはTWP(Two Wheel Promortion)という会社を立上げ、これにFIMが興行を委託する形をとっていた。これに伴い、前年まで可能であった日本GPのみのスポット放映が不可能となり、放映権契約は1シーズン全戦放映が原則となった。放映権料は当時の推定額で約1億円とされている。
日本GPのみの中継しか想定していなかったTBS側はたった1戦のみの放映に1億円もの放映権料を支払うことは不可能とし、以後、GPの放映から撤退することになる。一時、テレビ朝日が放映に興味を示したとされているが、実現には至らなかった。
シーズン開幕戦の500ccクラスにはスペンサーの復帰やローソンのホンダ移籍など、話題目白押しにもかかわらず、GP実況中継なしという危機に陥ることになる。
ここで、TXN系列の局である、大阪のテレビ大阪(TVO)が放映権獲得に乗り出し、権利を獲得する(この時、TVOがTWPにいくら支払ったのかは不明である)。
日本GPの中継なしという危機は回避されはしたものの、生中継ではなく、深夜0時50分からの録画放送によるもので、放映は当時の全国TXN系列4局ネット(テレビ東京テレビ愛知、テレビ大阪、テレビせとうち)のみであった(実況:千年屋俊幸 解説:福田照男 ゲスト:清水国明)。
その後、テレビ大阪はGP放映に精力的に力を注いでいく。 1990年
90年シーズン終了後、NHKが衛星第1で、そのシーズンの500ccクラスのレースを放映した。開幕戦から第4戦まではハイライト、その後は1時間単位で放映された(解説:坪内隆直)。 1991年
日本GPはTVOが同日午後の録画によるディレイの放送に対し、WOWOWは250cc、500cc、併催の全日本TT-F3クラスまでも生中継し、125ccクラスを録画放送というスタイルで中継を行った(実況:高柳謙一 解説:和歌山利弘500ccクラスのみゲスト:八代俊二)。
有料放送を基本とするWOWOWであったが、当時は開局したばかりの試験放送ということもあり、日本GPは当日の生中継、翌日のリピート放送共にノンスクランブルで放映された。その後、レース開催後の水曜日に約2時間弱の放送でサイドカークラスに至る、すべてのGPのクラスを放映した。
WOWOWは日本GPの次のレースから実況としてレースコメンテーターのみし奈昌俊、解説として八代俊二を起用した。
シーズン最終戦、マレーシア・シャーアラムでのマレーシアGPで、WOWOWが日本の放送メディアとしては初めて、放送時間3時間の枠を確保し、現地からの一部生中継を実現させた。このとき、みし奈昌俊氏は125ccクラスで表彰台を獲得した坂田和人若井伸之の両選手を放送ブースに招き、生の声を視聴者に伝えた。
TVOはレース翌日の月曜深夜の50分間の放送で、対するWOWOWは有料放送であるものの、TVOの2日後に全国放送という、ある種の棲み分けが整う形となった。 1992年
1993年1997年
1998年
これは、世界GPが新たな放送の媒体となると踏んだNHKとフジテレビが放映権獲得に乗り出したことが原因となった。
当初、NHKは日曜深夜のBS放送の空白地帯にGP中継を入れることを想定していたとされ、GPはBS2の日曜深夜に放送されると報じられていた。
対するフジテレビは、当時、開局予定だったCS放送(J-スカイB)でGP放映を予定していたとされる。
2局の獲得競争は予想外に熾烈なものとなり、結果的に放映権料が吊り上げられ、TVOは早々に獲得競争から脱落することになった。
放映権料の点から、当初はフジテレビ優位とされ、事実、フジの提示金額はNHKよりも上とされていた。しかし、1997年秋の段階で、J-スカイBは開局しておらず、シーズン開幕戦の中継にさえ、間に合わないことは確実だった。また、F-1中継をも抱えるフジテレビにGP中継が可能であるかという点も放映権を統括するドルナ社から疑問視されていた。NHKは公共放送であるという点が評価され、金額ではNHKの上を行っていたとされるフジテレビではあったが、結果的に放映権はNHKに渡ることになった。
GPの放映権は地上波が優先とされており、地上波放映権を獲得した局がBS/CS放映の権利を獲得することができた。しかし、放映権を獲得したNHKは当初から地上波放映をする予定はなく、結局、地上波の枠をTVOに譲る形となり、1998年シーズンはTVOも地上波中継を継続することになった。
当初はBS2での深夜録画放送とされていたNHKであったが、4時間半という放送時間を確保し、チャンネルはBS1で生中継されることになった。しかしいざ放送が始まってみると、実況アナウンサーの中継技量、レースの知識等の希薄な面が露呈される形となり、中継の段取りもWOWOW、TVOほど整備されておらず、また、サッカーワールドカップ フランス大会と重なったマドリードGP、オランダGPは1時間50分のハイライト放送となった。中継自体も日本GP以外の海外GPについてはすべて、スタジオのモニターに映る国際映像のみの映像を頼りにする実況中継であったため、臨場感に欠ける点も否めなかった。また公共放送という性格から固有の商品名を放送することができないこと等もあり、それが更に弊害を生むことになった。 1999年2001年
2002年2003年
完全放送は、同年開局した110°CS放送、日本テレビ系の有料放送日テレG+(ジータス)が担当することになった。日テレG+では大半のレースが生中継された。しかしそれも年を経るごとに深夜時間帯への録画放送へと移行していく。地上波放送では、日本テレビにより関東ローカルの深夜時間枠で放映された。 2004年
2005年
日本での配信先が決定しない中、日テレG+で放映を行っていた日本テレビが放映権獲得に名乗りを挙げた。日本のバイクメーカーが活躍するMotoGPで、日本でのTV中継がないということを危惧したドルナ社は欧州での放映権料に比較し、かなり、割安な金額で日本テレビに放映権を譲ったとされている。
この2005年から現在にかけて、日本テレビが日本におけるテレビ放映権を独占することになり、「地上波放送は深夜枠でMotoGPクラスを中心に関東ローカルで放映、CS放送は日テレG+で基本的に全クラス完全生中継」という体制が確立されていく。
(解説:辻本聡、宮城光、青木拓磨坂田和人2006年
この年以降、「日本GPのみ全国ネット中継」という体制がとられることになる。 2007年2008年
また、地上波放送における日本GPの中継は、この年から若干ディレイでの放送となった(これは現在まで続いている)。 2009年
また、この年から解説に上田昇が加わった(主に250cc/Moto2クラスを担当する)。さらに最終戦バレンシアGPでは中野真矢がゲストとして登場した。翌年以降、度々ゲスト解説として登場することになる。 2010年
まずレースウィーク前に、前年の同GPの再放送が行われるようになった(例:日本GPのレースウィーク前には前年の日本GPを放送)。
また第2戦スペインGPから、それまでMotoGPクラスのみであった予選の放送枠が大きく拡大され、全クラスをノーカットで放送することになった。日本GPでは以前から行われていたが、海外ラウンドで、しかも恒常的に行われることは初めてであった。さらに第5戦イギリスGPにおいて、こちらも海外ラウンドでは初となる予選の全クラス生放送が実現した。 2011年
2012年
日本GPではMotoGPクラスのコメンテーターが日テレG+と地上波放送で完全に分けられ、地上波放送のコメンテーターは副音声とほぼ同じ顔ぶれとなった。
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出典:Wikipedia
2020/01/08 12:00
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