ルワンダ虐殺
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2.発生までの歴史的背景
ルワンダ虐殺は部族対立の観点のみから語られることもあるが、ここに至るまでには多岐にわたる要因があった。まず、フツとツチという両民族に関しても、この2つの民族はもともと同一の由来を持ち、その境界が甚だ曖昧であったものを、ベルギー植民地時代に完全に異なった民族として隔てられたことが明らかとなっている[5]。また、民族の対立要因に関しても、歴史的要因のほかに1980年代後半の経済状況悪化による若者の失業率増加、人口の増加による土地をめぐっての対立、食料の不足、1990年代初頭のルワンダ愛国戦線侵攻を受けたハビャリマナ政権によるツチ敵視の政策、ルワンダ愛国戦線に大きく譲歩した1993年8月のアルーシャ協定により自身らの地位に危機感を抱いたフツ過激派の存在、一般人の識字率の低さに由来する権力への盲追的傾向などが挙げられる[6][7]。さらに、国連や世界各国の消極的な態度や状況分析の失敗[8]、ルワンダ宗教界による虐殺への関与[9]があったことが知られている。以下にこれらの各要因について説明する。

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(1.概説)
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(2.1.ツチとフツの確立と対立)
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出典:Wikipedia
2019/09/26 13:30
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