リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件
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3.加害者の逃避行
市橋は逃走開始直後に靴と靴下、上着を紛失したが、ゴミ捨て場からサンダルと上着を入手した。所持金は5万円程度であった[2]。自家用車を所有する当時交際中であった女性に公衆電話から連絡を取って共に逃亡することを依頼しようとしたが、女性が通話中だったために実現しなかった[1]

逃走初日のうちに放置自転車電車を利用して、市川市自宅から上野経由で秋葉原まで移動し、途中立ち寄った東京大学医学部附属病院障害者トイレで、人相を変えるために鼻翼を左右から縫い縮める自己整形手術を行っている[2][9]。後にほくろを自らカッターナイフで切り落とし、下唇を小さくするためにハサミで切っている[10]

その後は埼玉群馬茨城などの北関東周辺を放浪し、熱海を経て静岡県駿河湾付近まで南下した後に青森県まで北上することを決める。事件前に福岡県の知人宛てに近々遊びに行く旨のメールを送信しており、パソコンの記録解析によって南方への逃亡が察知される危険性を考えた行動であった[2]東京から新潟を経て青森まで移動したが、青森駅公園で1週間ほど寝泊りするうちに青森の経済状況がよくないことを感じ取り、働いて生活するために大阪市西成区公共職業安定所を訪れた。ここでは職に就くことはなく、すぐに岡山県を経由して四国に移動した[2]

四国では香川県高松市から徒歩で徳島県高知県愛媛県とお遍路を歩いた。これは贖罪の意味があったとしている[9][2]。一方で「逮捕されればさらしものになる」「指名手配されると、自首しても刑は軽減されない」として、自主的な出頭は考えていなかった。お遍路の先々にも手配写真が掲載されているのを見て、このままでは逮捕されるのは時間の問題と考え、無人島での生活を考え始める。高知の図書館で無人島について調べ、滞在地として沖縄県オーハ島を選択した[2]。お遍路を途中で止め、松山港からフェリー別府港に移動し、その後鹿児島県を経て沖縄に渡った[2]

初回のオーハ島渡航は準備不足で1週間ほどで頓挫した。資金が尽きた市橋は、沖縄本島の建設現場で偽名で働き金を稼いだ[2]。沖縄での経験で、市橋はオーハ島と大阪での住み込み労働を繰り返す生活スタイルを考案した。住み込みでの仕事は解体現場や建設現場を選んだ。他にもに乗る仕事や風俗に女性を派遣する仕事などをしないかと誘われたが市橋は断っている[2]。勤務態度は良好であったが、宿舎の近くに警察らしい車両が止まっていたりすると、身近に捜査が及んでいるのではないかと疑い、所持物を部屋に残したまま逃げ出すことを繰り返した[2]。2008年春には自宅の近隣に所在し、卒業論文のテーマであった東京ディズニーランドを訪れている[2]。住み込み労働で得た貯金で、2008年10月23日と24日に名古屋の形成外科にて眉間の形成手術を受けた[1]

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(3.1.オーハ島での生活)
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出典:Wikipedia
2018/10/07 23:32
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