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ラルフ・ブライアント
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1.経歴
1.4.引退後
引退後は故郷に戻り古本屋を経営していたが、OB戦などで数回来日している。

1999年11月21日、近鉄球団創設50周年記念に大阪ドームで行われた読売ジャイアンツとのOB戦では、両軍唯一の外国人OBとして出場。2002年のモルツドリームマッチでのホームラン競争ではライトスタンドのJ-PHONEの看板を直撃しそうな大ホームランを放った。

2005年には、監督・仰木彬の招聘でオリックス・バファローズの打撃コーチを同年のみ務めた。

同年の交流戦では、横浜スタジアムにて試合前のイベントとして横浜ベイスターズ打撃コーチの田代富雄とホームラン競争を行っている。田代は0本だったが、ブライアントはバックスクリーン横に2発、ライトスタンドに1発の計3本のホームランを放ち、パワー健在を見せ付けた。来日した際ブライアント本人や仰木が語ったところによると、近鉄時代のホームランには1本あたり10万円のインセンティブが付けられていたという。当時の相場は1本100万円であったと言われ、本人は当初「ケタを一つ間違えているのではないかと思った」と語っている。

母国アメリカではIT関連企業の役員を務めており、再婚して妻、娘、息子と4人で暮らしていたものの、現在は再び離婚して静かに余生を送っている。

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(1.3.1990年 - 引退まで)
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(2.選手としての特徴)
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出典:Wikipedia
2019/12/17 14:30
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