メガラ
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2.歴史
2.1.古代
歴史時代の初期、メガラはコリントスの属領であった。メガラからの植民者たちは、シチリア島シュラクサイの北にメガラ・ヒュブラエア(現在のシラクーザ県アウグスタ)という都市を築いた。メガラ人たちはコリントスからの独立戦争を戦い、紀元前685年頃にはカルケドン紀元前667年頃にはビュザンティオンを建設した。
紀元前7世紀の終わり、テアゲネス (Theagenes of Megaraはメガラの僭主となった。テアゲネスは、富裕者の家畜を屠殺することによって貧困層の支持を得たという。ペルシャの第二次侵攻(ペルシャ戦争)において、メガラはアテナイやスパルタと同じ陣営につき、サラミスの海戦プラタイアの戦いなどの重要な戦闘に従った。
紀元前460年ごろ、スパルタが牛耳るペロポネソス同盟からメガラは離反するが、このことは第一次ペロポネソス戦争紀元前460年 - 紀元前445年)のきっかけとなった。「30年不戦条約」(紀元前446年あるいは紀元前445年)を契機として、メガラはペロポネソス同盟に復帰した。ペロポネソス戦争紀元前431年 - 紀元前404年)では、メガラはスパルタの同盟者であった。メガラとアテナイの経済を巡るいくつかのできごと(アテナイが支配下の領域でメガラ人の商業活動を禁じたことなど)は、ペロポネソス戦争の原因の一つと考えられている。
メガラは貿易の拠点でもあり、地元住民は船を利用したり、近隣のポリスへの武器提供を行っていた。メガラにある2つの港のうち、ペガイはコリンティアコス湾の西にあり、ニサイアはエーゲ海にあるサロニコス湾の東側にある。
メガラ人の築いた植民市には、以下のようなものがある。
ケルソネソス - 現: ウクライナのセヴァストポリ
メセンブリア - 現: ブルガリアのネセバル
ヘラクレア・ポンティカ - 現: トルコのカラデニズ・エレーリ
アスタクス - 現在: トルコのイズミット(旧称: ニコメディア)
ビュザンティオン - 現: トルコのイスタンブール(旧称: ビザンチウム、コンスタンティノープル)
カルケドン - 現: トルコのカドゥキョイイスタンブールの一部)
メガラ・ヒュブラエア - 現:イタリアのアウグスタ
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出典:Wikipedia
2018/04/15 19:02
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