メインフレーム
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3.歴史
3.4.ダウンサイジングの波(1990年代)
1990年代になると、WindowsやUNIXなどのオープンシステムの価格性能比が向上し、クライアントサーバモデル (C/S) というシステム構成や、グラフィカルユーザインタフェース (GUI) に代表されるユーザインタフェースNetBIOSTCP/IPなどの通信プロトコルの普及と相まって、ダウンサイジングが世界的に発生する。

メインフレームは「レガシー(過去の負の遺産)」「滅び行く恐竜」と称され、IBMなどの殿様商売的な経営手法(顧客実情を無視した箱売り、市場に合わない一方的な契約条項など)もあり、各社メインフレームの収益は急速に悪化した。これらの影響は当時多数存在したメインフレーム専用のアプリケーションを開発する中小ソフトウェア会社にも及び、性能が向上し実用品となったパソコン向けソフトとして自社製品の一部機能を移植したり、中にはフロム・ソフトウェアのように業界自体に見切りをつけてゲーム開発に鞍替えする会社まで現れた。

この時期に各社は以下の対応を行った(オープン対応も参照)。

IBMはメインフレームを「オープン・メインフレーム・サーバ」と称し、CPUのCMOS化、64ビット化、オープン要素の取り込み、更にLinuxサポートを行った。
富士通はメインフレームを既存業務用とし、CPUのCMOS化や性能向上は行う半面、64ビット化やLinux対応など大幅な拡張は停止した。
日立製作所はIBMと技術提携を続け、CPUのCMOS化、64ビット化を行った。一時はLinux対応も公開していた。
日本電気はメインフレームを既存業務用とし、小規模用のACOS-4Itanium 2に、ACOS-2Xeonに移行し、Windows Server等も同時稼働可能にした。
ユニシスは、UNIVAC系とバロース系の2系統のメインフレームを継続しながらも、WindowsやLinuxを同時稼動可能にした。
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(3.3.日本上陸( - 1980年代))
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(3.5.メインフレームの再評価(2000年代))
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出典:Wikipedia
2019/12/02 01:00
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