わろてんか
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3.登場人物
3.2.てんの人生にかけがえのない仲間
北村 藤吉(きたむら とうきち)
演 - 松坂桃李 (幼少期[10]:大西啓翔)
明治45年より、てんの夫。大阪船場にある老舗の米問屋「北村屋」の長男。のちに寄席を運営する会社・北村笑店を夫婦で興し、席主となる。本名は北村 藤吉郎(きたむら とうきちろう)。
幼少期に啄子に連れられて父を捜す途中で、寄席小屋に興味を持って中に入り落語を見たことをきっかけに、芸能の虜となった。笑いの無い家庭や家業を継ぐことに嫌気が差し、好きな道を志すために旅芸人一座「福楽座」にまぎれ込む。
明治35年の15歳時[11]、キースとともにぼったくり店に騙され飲食し、苦肉の策で食い逃げするなか、同じく追っ手から風太と逃げていたてんと出会う。初舞台で出番を間違えて観客から罵声を浴び落ち込むが、てんから貰ったチョコレートと笑顔で励まされ、謝礼に白文鳥の人形が付いた鈴を贈る。その後の芸人生活も鳴かず飛ばずで一度は実家に帰るものの、自身にとって唯一の贔屓客であるてんを笑わせ大切にしたい思いから、嘘の旅芸人生活を綴った手紙を送り続ける。
明治43年、演芸の楽しさを忘れられず、リリコの誘いを受けて一座に戻った直後に、偶然てんと再会。紆余曲折を経て、てんを一生笑わせるために北村屋を継ぐ決意をし、彼女を連れて大阪の実家に帰る。帰郷後は米問屋の仕事に精を出すが、父が遺した多額の借金の返済と店の経営を立て直すために大儲けしようと、店舗と土地を抵当に電気式髪結い機(電髪)を購入するが、全て不良品で大損害を被る。北村屋廃業後は、てんの提案を受け、寄席経営と日本一の席主になることを目指す。風鳥亭が開業して1年後、会社「北村笑店」を立ち上げる。
吉本せいの夫、吉本泰三がモデル[12]
武井 風太(たけい ふうた)
演 - 濱田岳(幼少期:鈴木福
てんの従兄。「藤岡屋」の丁稚として働き始め、明治43年の時点は手代。大正4年に藤岡屋を辞め寺ギンの元で働いたのち、「北村笑店」番頭となる。
幼い頃からてんと一緒に育てられ、てんを妹のようにかわいがり、やがて片思いするようになる。強がりで、普段はてんやトキの前で虚勢を張るが、てんを怒らせ距離を置かれた際には意気消沈し、てんから謝られると号泣して喜ぶ小心者である。
てんに接触する藤吉を不快に思いつつ、儀兵衛に気付かれないよう配慮しながら、藤吉からの手紙をてんに渡し続ける。てんと藤吉が結ばれてからは、彼女を心配して折りを見ては北村家を訪れ、てんがぞんざいな扱いをされていると知ると、藤吉を殴ったり説教したりする。栞に対しては鼻につくと思いつつ、非の打ち所の無さから一目置いている。
大正4年、しずから暖簾分けの打診を受けていたが、藤吉から寄席の世界について知らないと指摘されたのを機に、藤岡屋を辞め寺ギンの元で働く。数年後、芸人達の扱いを巡り寺ギンに反論した事からクビとなり、寺ギンの所属芸人らと共に「北村笑店」に移籍し、番頭として迎えられる。大正10年の時点では総支配人に昇進している。
よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役の竹中功は、吉本せいの実弟で吉本興業の社長を務めた林正之助がモデルと推測している[13]
伊能 栞(いのう しおり)
演 - 高橋一生
伊能家の次男。薬の貿易会社を任される帝国大学卒の青年実業家で、てんの縁談の相手。のちに活動写真製作会社・伊能活動写真社長。
洋装ステッキを手にしたファッションに身を包み、見合い写真とプロフィールを知った藤岡家の女性たちには容姿、学歴、家柄すべてにおいて高評価を得る。
実際の出自は、父・忠春が東京で愛人の芸者・志乃に産ませた庶子であり、病弱だった兄の代わりに会社を継がせられるよう、中学生のときに「保険」として伊能家に呼び寄せられたというものだった。実母の志乃が多額の手切れ金と引き換えに二度と会わない約束をし、拒絶されるという経験に深く傷ついていたが、のちに大阪で志乃と偶然再会し、てんと藤吉のとりなしで和解をする。名前の「」は「道標」という意味で、志乃が「人を導く道標になってほしい」という願いを込めたもの。
てんとは大阪で彼女が数名の暴漢に襲われかけた場面を偶然見かけ、一人で打ちのめすなど高い格闘能力を発揮して救出するという劇的な初対面をする。藤岡屋の経営危機のためてんとの縁談は一旦破談となるが、てんが送った新一の遺した論文に関心を示し「藤岡屋」に投資、経営危機を脱した後も、てんに思い人がいるのを知ったことと西洋の自由な恋愛への憧れから、彼女に興味を持ちつつも自然な流れに任せる態度を示す。
藤吉に対しては、初対面時に酒を酌み交わし、経営者としての甘さを指摘したことで殴り合いの喧嘩となるが、すぐに和解し、知人である落語家の文鳥を紹介する。また、文鳥の高座が決まると新聞社に宣伝したり、藤吉と一緒にちんどん屋をするなど開業したばかりの風鳥亭の経営に積極的に協力する。
元よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役の竹中功は、吉本せいの実弟で吉本興業の社長を務めた林弘高と、阪急東宝グループの創業者・小林一三を合わせた役どころと推測している[13]
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(3.1.主人公)
[6]次ページ
(3.3.京都の人々)

10. てんの幼少期と時期が異なる。
11. 撮影好調写真集第5回
12. “『わろてんか』のモデルたち、実際にあったホンマにおもろい話”. 週刊現代. 講談社 (2017年10月28日). 2017年12月1日閲覧。
13. “『わろてんか』のモデルたち、実際にあったホンマにおもろい話”. 週刊現代. 講談社 (2017年10月28日). 2017年12月1日閲覧。

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出典:Wikipedia
2018/01/20 11:34
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