もんじゃ焼き
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2.歴史
2.1.源流
日本における粉物料理の元祖は、安土桃山時代の「麩の焼き」であるとされる。

麩の焼きとは、巻いた形が巻物経典を彷彿とさせる事から、仏事用の菓子として使われていたもので、茶会の茶菓子として千利休が作らせていたという。その「麩の焼き」が江戸に伝わり、寛永年間に、麩の焼きに使われていた味噌に替えてを巻く「助惣焼」ができた。助惣焼はあんこ巻きと名を変えて、現在も東京のお好み焼き屋やもんじゃ焼き屋で提供されている。

清水晴風の「街の姿[2]」には「文字焼はうどんの粉に蜜を入れて、溶解せしを子供に与え、小なる匙にて文字を書くが如く、自由に銅板の上に垂らせば、直ぐに焼けるを以て文字焼と言う。」と書かれている。また、森銑三の「明治東京逸聞史2[3]」にも「饂飩粉に蜜を加えたものを、銅の板の上で、手ン手に焼いて食べる」とあり、江戸時代や明治時代の文字焼きは現在とは異なり甘味のある駄菓子であったことがわかる。

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出典:Wikipedia
2019/08/15 16:31
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