みんなの党
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2.党史
2.7.江田グループの集団離党、分裂へ
2013年11月に入ると、特定秘密保護法案の賛否を巡って、代表の渡辺が最終的に与党側との修正協議に応じ、賛成の方針に回ったことから一部議員が反発、井出庸生林宙紀らが反対、江田も採決を前に退席[27]するなど党内が混乱。12月8日、江田は講演において、特定秘密保護法の修正協議で、渡辺が与党寄りに傾いたことに対し「党内議論は2時間弱で強引に取りまとめた。みんなの党は結党の原点を失った」と主張して離党を表明[28]。江田のほか林、井出、青柳陽一郎椎名毅小池政就井坂信彦畠中光成小野次郎川田龍平寺田典城藤巻幸夫真山勇一柴田巧の衆参議員14名が、同月9日に離党届を提出し[29]、みんなの党は名実ともに分裂することになった[30][31][32]。党として、江田については離党届を受理せず除名(除籍)処分とし、比例代表で当選した衆参議員13名の会派離脱を認めず、議員辞職を求める構えを見せている[31][32]
江田ら離党組は、先に離党した柿沢を加えた衆参議員15名で同月18日に新党・結いの党を結党した[33]。なお、毎月一日の会派所属議員数に応じて支払われる立法事務費の離党者分は、引き続きみんなの党が受領している[34][35](除名した江田を除く13名分、月額845万円)。なお2014年1月23日に結いの党に移籍した議員のうち、衆議院議員7人の離党届を受理した。しかしその後結いの党へと移った藤巻幸夫が死亡したため、第22回参議院議員通常選挙の比例名簿から田中茂繰り上げ当選となり、1議席を回復した。また既に会派分裂に至っていた東京都議会では、2013年12月、「都議会みんなの党」の3名が結いの党結成に参加。2014年1月、会派名称を「都議会結いの党」(野上代表)に変更することを届け出た。また同月、江田が結いの党と日本維新の会の合流を視野に入れた両党間の政策協議を開始したい意向を表明したことを受け、「白紙」としていた都議会日本維新の会からの統一会派結成の申し出を受諾。同年2月、統一会派「都議会結いと維新」(5議席、野上代表)を結成した。一方渡辺派の「みんなの党」(両角代表)は都議会唯一のみんなの党の会派となったため、同年3月、会派名を「みんなの党Tokyo」と改称した。

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出典:Wikipedia
2019/08/14 22:02
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