みんなの党
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2.党史
2.11.解党
2014年11月に入って解散政局となり、第47回衆議院議員総選挙(投票日は2014年12月14日)が間近に迫るようになった。今度は浅尾代表や山内議員らが、党内の意見集約を経ずに民主党への擦り寄り、合流を画策。それを強引に進めようとして党内の猛反発を受け、党内が収拾がつかぬほどに紛糾。やむなく参議院議員数名が解党を求めた(松田公太ブログ)。2014年11月17日浅尾代表はこれを一旦拒否した(渡辺前代表も解党に反対)が、翌18日、党内の路線対立を受けて「党の体制がまとまって政界再編に動けないのであれば、解党はやむを得ない」と考えてみんなの党を解党する意向を固め[55]、11月19日午後に両院議員総会を開催して解党の是非を問う採決を渡辺元代表の「みんなの党抹殺事件だ」などとの怒号が飛び交うなか行い、出席者20人中13人が解党に賛成したことによりみんなの党は11月28日をもって解党することを決した[56]。両院議員総会終了後、浅尾は「所属の国会議員や地方議員、党職員など、多くの支援者たちの期待に応えられず申し訳ない。『与党補完勢力』との間で埋めがたい溝があった」と、党内対立が解党に至った要因であることを説明し[56]、同日解散した[5]。残余政党交付金は分けることなく、国庫に返納することもこの時決められた。2015年9月に党職員の退職金などを支払った上で残額となった約8億2600万円を国庫に返すことが判明した[57]。また、解党の際に国政選挙の比例名簿は取り下げられた(そのため、2019年4月に2013年比例区で当選した渡辺美知太郎が那須塩原市長選への鞍替えのために辞職した際に比例名簿次点だった河合純一は繰り上げ当選とはならずに2019年7月まで欠員となった)。

解党により、同年11月16日投開票の千葉県松戸市議会議員選挙がみんなの党として公認候補を擁立した最後の選挙となった(同市議選には現職1名と新人3名を擁立。新人1名が当選するも現職1名と新人2名は落選した[58][59])。

なお、解党時に同党に所属していた参議院議員10人のうち、4人が参議院会派「無所属クラブ」、6人が参議院会派「日本を元気にする会」を結成した。

2015年11月13日、同党に所属していた参議院議員の行田邦子が埼玉県選挙管理委員会に政治団体「みんなの党」の設立を届け出た。行田が代表を務め、国政政党としての復帰を目指し当面は一人で活動すると表明していたものの[60]。なお、この届け出に関して行田は渡辺喜美元代表から了承を得たと発表した[61]、わずか1か月後の2015年12月10日に行田がみんなの党復活を断念したことを発表した[62]2017年9月、行田は希望の党の結党に参加した。

2019年1月、渡辺は第19回統一地方選挙に向けて、政治団体としてみんなの党を復活させ、候補者を擁立する考えを表明した。

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出典:Wikipedia
2019/11/29 18:32
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