はやぶさ (探査機)
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6.はやぶさの軌跡
6.1.打上げからイトカワへ
(時刻はすべてJST
2003年5月9日13時29分25秒:内之浦宇宙空間観測所よりM-Vロケット5号機で打ち上げ。「はやぶさ」と命名[84]。M-Vの5号機は先端のフェアリングが除去され、「はやぶさ」専用に設計・製造されたキックモーターKM-V2によって軌道に投入された[85]。予定の宇宙空間に到達してM-Vロケットのはやぶさが放出されると、最初は自動で太陽電池パドルが展開され、次にサンプラーホーンが伸ばされた。はやぶさから電波によってビーコンが届き、軌道が確認されると同時に、地球からの指令を受けて順番に搭載機器の動作確認の手順が開始された。
5月27日:イオンエンジン「μ10」(IES) の動作試験が開始された。高い電圧を使う動作試験は、放電事故を避けるために高真空が確保された打ち上げ後の約3週間過ぎてから行われた[86][87]
6月 - 7月:IESの動作試験が継続された[88]。週に1回程度は推進を止めて、地球との間で距離や速度の測定を行い、軌道決定した。7月末頃には各スラスタの運転条件がほぼ明らかとなり、A以外の残り3基を順番に用いた加速計画にめどが立った。
9月:この頃、推進時間が1,000時間を越えた。この時点で地球から52,000km後方を飛行中であった。
11月4日:観測史上最大規模X28の太陽フレアに遭遇した[89]。フレアの放射を浴びた太陽光パネルは回復不可能な劣化を生じ、今後、発電出力が低下する事態となった。搭載メモリの「シングルイベントアップセット」と呼ばれる外部放射線に起因する一過性のエラーが起きたが、失われたプログラムを地球から再送信することで対応できたので、演算処理に関しては影響はほとんどなかった。太陽電池パネルによる発電量がIESの推進力であるため、ソーラーセルの劣化はそのまま加速能力の低下を意味していた。この後、時間を掛けて軌道計画を再検討した結果、イトカワ到着予定は2005年6月から2005年9月へと3か月伸び、イトカワからの出発も2005年10月から2005年12月へと変更された。
2004年3月14日:2か月ほど先のEDVEGAの実施に備えて、IESを停止し、1週間以上かけた軌道決定作業に入った。その後、4月20日と5月12日にRCSを使って軌道の微調整を行った。
5月19日:イオンエンジンを併用した地球スイングバイ (EDVEGA) に世界で初めて成功した[90]。地球への最接近時の高度誤差は1km以下という高い精度だった。一時的に地球の影に入った機体は搭載したリチウムイオン蓄電池によって電源がまかなわれた。
10月:太陽光パネルの発電出力低下に伴い、地球との通信時間帯には稼働しているイオンエンジンの1基を停止させ電力を通信機に融通し、通信終了後には電力をイオンエンジンへ供給する運用を行った[42]
12月9日:イオンエンジンの積算稼働時間が2万時間を突破した。
2005年2月18日遠日点(1.7天文単位)を通過。イオンエンジンを搭載した宇宙機としては世界で最も太陽から遠方に到達した。
7月29日 - 30日・8月8日 - 9日・8月12日:搭載されたスタートラッカー(星姿勢計)により小惑星「イトカワ」を捉え、合計24枚の写真撮影を行った。これらの画像と地上からの電波観測により精密な軌道決定を行った。
7月31日:リアクションホイール (RW)3基のうちx軸周りを担当していた1基が故障して回転しなくなった[92]。残る2基による姿勢維持機能に切り替えて飛行した[93]
8月:8月前半はRWの故障対応でしばらくIESによる加速を中断していたのを補うために、8月後半はIESの3基による全力加速を継続的に行った。
8月28日:イオンエンジンを切りイトカワへの接近に備えた。
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(5.航法)
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(6.2.イトカワの観測・着陸)

84. “M-V-5号機の打ち上げについて” (プレスリリース), 宇宙科学研究所, (2003年5月9日), http://www.jaxa.jp/press/isas/20030509_mv5_j.html 2010年8月4日閲覧。 
85. M-Vロケットは運搬する宇宙機の重量や軌道に応じて、細部をその都度、設計段階から最適に作り直すため、標準的なロケットを用いるのに比べると、物理的な効率は良いが経済的には非常に高コストになる。
86. 地上から宇宙へ運ばれた直後は、空気や水分のような周辺環境からの微細な異物が機体の内外表面に吸着しているため、それらが徐々に結合が外れて真空中に充分に拡散し切るまでは、日数単位で数えられるある程度の期間、極めて希薄なガスが機体を取り巻いている。このため、打ち上げ直後の動作確認は低電圧を扱う機器から行われた。
87. 最初に試験されたスラスタAは、予想通り規定の出力を得られず、6 - 7割の出力だった。スラスタAは地上試験でマイクロ波を送るケーブルを焼損していたが、発射スケジュールに合わせるためにケーブル特性の調整を行わずに搭載されたものだった。スラスタAは予備として通常の航行には用いないことが早くから決まった。
88. IESの動作試験は、はやぶさの主な目的の1つであり、出力をいかに安定させるかという知見を得ることが当初から求められていたのであって、この段階では、航行のために出力が自由に操作できないことは当初から予定されていた。3基の同時運転まで可能に作られていたが、1基でも100%の推力が得られればミッションを行うのに充分なだけの余裕があった。この動作試験の間は、毎日6 - 8時間ほどの通信可能な間に、はやぶさにIESの試験を行うよう指令を与えておいて、翌日に結果を得る繰り返しだった。運転条件を変えながら最適な値を求めて行ったが、日によっては異常を検知して自律的に推進を停止していることもあり、いつまでも推進力を加えない日が続くのは予定の加速を得られない恐れが高まってきた。
89. 太陽フレアそのものは10月から発生していたが、その最大の波が11月4日に、はやぶさの位置に到達した。
90. 世界初という点では、北緯30度から見える地球の映像も世界で初めてだった。EDVEGA途中の29万5,000メートル上空から撮影したものだったが、これまでこの位置を通る地球を撮影可能な衛星は存在しなかった。
91. 國中均 2006.
92. x軸とy軸のリアクションホイールの故障原因は、おそらくアルミ箔であるメタルライナーが内部で剥がれて回転を阻害したと考えられた。
93. リアクションホイールが2基となっても、当初より2基での運用も想定されていたため支障は起きなかった。

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出典:Wikipedia
2018/06/09 10:00
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