そごう
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8.構想はあったが出店を断念した店舗
北海道地方
札幌そごう新館[38]
東北地方
仙台そごう - 水島そごう時代[38]およびミレニアムグループの新店舗として仙台にそごうの出店計画が数度あったが、その後断念。
郡山そごう - 1983年(昭和58年)1月に国鉄郡山駅前西口市街地再開発ビルの核テナントとして出店が決まり[98]、1984年(昭和59年)1月に郡山市が建設申請を提出して[99]同年10月に申請が受理されていたが[100]、1985年(昭和60年)4月に百貨店を核とする再開発計画に慎重派だった青木久市長が当選した[101]ため、1986年(昭和61年)1月出店断念[102]。予定地には2001年(平成13年)3月に郡山ビッグアイが落成[103]
北上そごう - ツインモールプラザの核テナントとして川徳と出店を競り合ったがバブル崩壊により断念。ダックビブレ(現在はさくら野百貨店)が最終的に進出した。
関東地方
土浦そごう - JR土浦駅前の再開発ビルウララの核テナントとして出店予定だったが、1985年(昭和60年)12月に断念[104][105]。その後イトーヨーカドーが出店[104][105]、同店撤退後は土浦市役所となった。
成田そごう[38] - 京成公津の杜駅前・ユアエルム成田の核テナントとして出店予定だったが、経営不振により出店断念。その後イトーヨーカドーが出店。
千葉ニュータウンそごう ‐ 1996年(平成8年)に印西市に出店予定だったが、ジャスコ(現:イオンイオンモール千葉ニュータウン内)が出店したため断念。
八千代そごう[38] - 東葉高速鉄道開通に伴い、沿線に出店を計画するも、地元の反対、成田・幕張・千葉そごうとの兼ね合いなどの諸般の事情で頓挫。イトーヨーカドー(フルルガーデン八千代)やイオン(イオンモール八千代緑が丘)が出店している。
JR東日本幕張そごう
JR東日本との共同計画[106]。千葉市美浜区の幕張新都心にあるJR海浜幕張駅南側の約5,300m2に地上9階建てのビルを建設して出店する計画で約330億円を投じる計画であったが、採算性に問題があるとして計画を撤回した[106]。当初計画1996年(平成8年)春開店予定。1992年(平成4年)3月白紙撤回、断念。
池袋そごう - 現在のサンシャインシティへの出店計画[54]。一度は出店が決定したが、池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念[54]三越直営による「サンシャインシティ・アルタ」などが入居している。
新宿そごう - 現在のタカシマヤタイムズスクエアの位置に出店計画があったが[38]賃料が坪3万円を超える見込みとなったことから採算が合わないとして出店を断念した[54]
JR東日本立川そごう[38] - JR東日本との共同計画。1993年(平成5年)12月出店発表(共同子会社設立合意)。当初計画1997年(平成9年)開店予定。JR立川駅南口の商業ビルの核店舗として入居予定だったが、1996年(平成8年)6月出店断念[38]。1999年(平成11年)に阪急百貨店との折半出資によるグランデュオが開業。
橋本そごう - 現在のイオン橋本店(相模原市)近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上と競合した近鉄百貨店の2倍の提示額で、地元の京王百貨店を含む競合を退けて1989年(平成元年)10月に出店が決定した[37]。1993年(平成5年)8月に出店凍結し、その3年後に出店契約を解約して正式に出店断念[37]
横浜そごう新館(新・横浜スカイビル[38]) - 1992年(平成4年)6月出店凍結、自然消滅。1996年(平成8年)9月の竣工により丸井横浜東口店(現・マルイシティ横浜)が出店。
港北ニュータウンそごう[38] - タウンセンター第2地区の開発計画の一環。コンペには他に横浜高島屋、西武、東急の3百貨店が参加していた。当初計画では建物面積約50,000m2、事業費約500億円。1995年(平成7年)開店予定だったが、その後出店を断念。
北千住そごう - 北千住駅の再開発に向けて1988年(昭和63年)出店を発表したが断念し、2004年(平成16年)に丸井が開業した。
溝口そごう-JR武蔵溝ノ口・東急溝の口駅前の川崎市主導の再開発ビルのコンペに参加したが、ヤング・ファミリー層から支持を受けた丸井に決定した。
中部地方
JR名古屋そごう - JR東海と合弁で松坂屋とともに出店候補に挙がったが最終的にはジェイアール名古屋タカシマヤが出店。
清水そごう - 狐ヶ崎ヤングランド跡地に1995年(平成7年)の開業を目指すも撤回。現在はイオン清水店。
駿東そごう - (駿東郡清水町)バブル期に大東紡績三島工場跡地に東部地区最大の百貨店を計画。バブル崩壊により出店断念。その後ユニーとキミサワが出店を表明するも実現せず最終的には1997年(平成9年)にHome Assistを核とするサントムーン柿田川が開業。
近畿地方
茨木そごう - JR茨木駅にほど近い日本たばこ産業の工場跡地に売り場面積85,000m2の百貨店の出店を計画して1991年(平成3年)に出店契約を結んでいたが、経営不振から計画が中止となった[37]。出店予定地にはマイカル茨木(現:イオンモール茨木)が建設され2001年(平成13年)より営業している。開店していた場合は当時最大規模となる郊外型百貨店だった。
阿倍野そごう[38] - 現在のあべのキューズタウン(2011年(平成23年)4月26日開業:核テナントはイトーヨーカドーあべの店)の場所に出店を予定していた。
中百舌鳥そごう - 南海高野線中百舌鳥駅前再開発への出店計画で西武百貨店と激しい争奪戦を繰り広げたが両社ともに経営悪化で進出を断念した[37]。1992年(平成4年)10月に出店が決定したが[54]、1993年(平成5年)7月出店断念。
湊町そごう - 湊町駅前の再開発計画の一環。駅ビルの商業層への出店計画だったが、1992年(平成4年)6月に出店を凍結。
りんくうタウンそごう - 関西国際空港の対岸部の埋立地「りんくうタウン」に出店を計画[38]。1989年(平成元年)出店構想発表。1990年(平成2年)競合していた三菱地所近鉄グループと共同分譲を締結した。
中国地方
伏見町そごう - 福山駅前の伏見町市街地再開発計画の核店舗として1990年(平成2年)11月に出店を決定した[54]。他社の進出を阻止するための出店計画との見方もされていた[54]
防府そごう - 防府駅北東に位置する街区の再開発計画の一環。防府商工会議所が再開発会社「防府商業近代化株式会社」を設立し、防府市も全面協力という計画だった。当初計画では、建物は面積約20,000m2、初年度売上目標は百数十億円で、1984年(昭和59年)開業予定だったが、その後出店を断念した。同街区は現在、再開発によりマンションや中小規模の商店、防府市立図書館などが入居する複合施設「ルルサス防府」となっている。
宇部そごう[38] - 宇部市役所前の新天町一丁目西地区市街地再開発計画の一環。当初構想は、地上14階・地下2階のオフィスタワー、地上8階・地下2階の商業棟(約30,000m2)、地上9階・地下1階の駐車場ビルからなる複合施設を建設するというもの。1988年(昭和63年)に出店表明、1991年(平成3年)に基本構想が宇部市より発表され、1993年(平成5年)の開業を目指していたが、既存の百貨店や地元商店街の反対を受け徐々に開発計画が縮小され、1994年5月に出店断念。
九州地方
福岡そごう - 事前のコンペではそごうの出店がほぼ決定していたが、他地域とのバランス面や政治的な動き等により、三越福岡三越)となった。
長崎そごう - 長崎県と国が造成していた長崎港元船地区埋立地への出店計画。1993年(平成5年)に出店を表明したものの、地元商店街からの激しい反対運動を受け、1994年に出店断念。
鹿児島そごう - 関係者の話によれば1980年代後半から1992年(平成4年)頃に西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)前の一番街アーケード一帯のすべての街区をまるごと潰して再開発する構想があったようだが1993年(平成5年)以降は交渉が進展せず自然消滅した。順調に実現していれば、錦糸町そごう(現在のアルカキット錦糸町)と同時に開店する見込みだった。
海外
シドニーそごう - 熊谷組と共同で買収した土地にオフィスを併設する超高層ビルを建設し、その中に出店する構想であった[38]。現地ボンド・コーポレーションから買収したシドニーの中心部「パークプラザ」に出店を計画。1998年(平成10年)11月出店断念。
イスタンブールそごう - イスタンブール市街のタクシム広場周辺に出店を計画。1991年(平成3年)に出店を発表したが、その後断念。
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37. 『ブランドはなぜ堕ちたか 雪印そごう三菱自動車 事件の深層』 角川書店、2001年1月。
38. 『ドキュメントそごう解体 裁かれる「バブル経営」』日本経済新聞社、2001年1月25日。
54. 『日本最大の百貨店 そごうの実像』 日経ビジネス 1992年11月9日号 (日経BP社) (1992年11月9日)
98. “そごう郡山進出 郡山の将来性に着目 商業界に衝撃 進出阻止運動の動きも” 福島民報 (福島民報社). (1983年1月12日)
99. “市が建設申請提出” 福島民報 (福島民報社). (1984年1月15日)
100. “再開発ビルの建設申請受理” 福島民報 (福島民報社). (1984年10月5日)
101. “市長選 青木氏が初陣飾る” 福島民報 (福島民報社). (1985年4月8日)
102. “「郡山そごう」出店を断念 市の対応に不信感” 福島民報 (福島民報社). (1986年1月8日)
103. “経済県都発展のシンボル 郡山駅西口再開発ビル 「ビッグアイ」落成式 駅前広場も完成祝う 滝のモニュメント、からくり時計” 福島民報 (福島民報社). (2001年3月23日)
104. 森義弘「中心市街地活性化の核「URALA(ウララ)」誕生〜土浦駅前地区第一種市街地再開発事業竣工〜」、『新都市』第51巻第11号、都市計画協会1997年11月、 56-62頁、 NAID 40001929740。
105. 「土浦駅前地区第一種市街地再開発事業 ウララ」、『近代建築』第51巻第12号、近代建築社1997年12月、 75-82頁、 NAID 40000778683。
106. 館沢貢次 『総点検 JRという「株式会社」の真実 その将来性はどの程度の「買い」か?』 こう書房、1992年5月1日。

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出典:Wikipedia
2018/04/20 04:00
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