サービス終了のお知らせ
あしたのジョー
▼人気記事ランキング
概要
あしたのジョー』 は高森朝雄(梶原一騎)原作ちばてつや画による日本漫画作品。ボクシングをテーマにしたスポーツ漫画である。

講談社の『週刊少年マガジン』に、1968年(昭和43年)1月1日号(発売日は1967年(昭和42年)12月15日)から1973年(昭和48年)5月13日号にかけて連載された。

概要[編集]

週刊少年マガジン』連載中から社会的反響は大きく、ジョーのライバルである力石徹が作中で死んだ時には、架空の人物であるにも関わらず、寺山修司の提案で天井桟敷のメンバーにより東由多加演出による葬儀が行われた(1970年3月24日、講談社講堂にて[1])。また1970年3月31日に発生したよど号ハイジャック事件では、ハイジャック犯が「われわれは明日のジョーである」(原文ママ)と声明を残している。さらに、辰吉丈一郎をはじめ現実のボクシング界にも大きな影響を与えた。

これら社会的反響の大きさから、「戦後最大のヒットマンガ」の1つに数えられ、劇画路線にシフトした昭和40年代の『週刊少年マガジン』を「巨人の星」とともに支えた。本作以降のボクシング漫画は、全て本作の影響下にあると言われている。

タイトルは原作者が井上靖の「あした来る人」を読んでいて、そこから閃いたものである。

累計発行部数は2000万部[2]

背景[編集]

連載開始までのきっかけは、ちばてつやが『ハリスの旋風』を描くための過程で取材したボクシングに感銘を受け、後継作品として構想していたことが原点になっている。ちょうど同時期に、ボクシング作品の提供先を模索中だった原作者の梶原一騎と、週刊少年マガジンの編集部が両者を引き合わせて、共作合意したのが始まりである。

ちばは当初、梶原と共作する考えまで至っておらず、「これから描くボクシング漫画の参考になればいい」と、編集部との付き合い程度の気持ちで梶原と面会したら、既に決定事項の雰囲気になっていたことを明かしている。

あらすじ[編集]

東京山谷ドヤ街に、ふらりと一人の少年が現われた。矢吹丈ジョー)と名乗るその少年に一方的に叩きのめされたアル中の元ボクサー・丹下段平は、ジョーと地元暴力団・鬼姫会の連中との乱闘から天性のボクシングセンスを見いだし、一流のボクサーに仕立て上げようと口説き始める。しかしジョーは、自分に向けられる段平の情熱を利用し、小遣いをもらってはドヤ街の子供たちを引き連れて乱行を繰り広げた揚げ句、犯罪にも手を染め、警察に逮捕されて鑑別所へと送られてしまった。

そんなジョー宛てに段平から「あしたのために」の書き出しで始まるハガキが届いた。その内容は、左ジャブの打ち方から始まるボクシング技術の講義であった。時間と体力を持て余していたジョーは、そのアドバイスに従ってボクシングの練習に身を入れるようになり、やがて自分のパンチの切れが、今までと比べものにならないほど向上していくのを実感する。

鑑別所から西と共に野菊島の東光特等少年院へ移されたジョーは、豚小屋掃除の際に、西の提案で豚たちを暴れさせ脱走を試みた。しかし、ライバル・力石徹にそのジャマをされてコテンパンに叩きのめされた。その後、小馬鹿にしていた青山とのボクシング対戦で防御法を身に着けたものの、宿命の対決が再戦されないまま力石は先に院を出た。遅れてジョーはなんとかライセンスを取り、強引な手腕でウルフ金串との対戦を実現させて、フェザー級からバンタム級へ転向した力石との対戦をも実現する。減量による力石の変わりようは見られたものではなかったが、しかしそれでもジョーは敗れてしまった。そして、その対戦直後、力石は死んでしまう。そのショックで対戦相手の顔面を打てなくなり満足な試合を行えなくなってしまったジョーは、それでもボクシングを捨て去ることなく、ドサ回りのボクサーに身を落とし罵声を浴びながらも試合を続けるのだった。

ボクシングに対する苦悩の末、強敵カーロスとのスパーリングで顔面を打てないという後遺症を乗り越えて復帰を果たし、本格的にボクシングの道へと足を踏み入れることとなったジョーは、金竜飛ハリマオとの対戦を経て遂に、世界チャンピオンの座を賭け最強のボクサー・ホセとの闘いに挑んだ。しかし、パンチドランカーに冒されていたジョーは、善戦むなしく判定負けを喫し敗れ去る。試合後、ジョーはグローブ葉子に渡した。灰のように真っ白に燃え尽きたジョー。しかし、その顔には満足げな微笑みがあった。

登場人物[編集]

テレビアニメ[編集]

あしたのジョー[編集]

1970年(昭和45年)4月1日 - 1971年(昭和46年)9月29日、毎週水曜19時 - 19時30分、フジテレビ系放映(全79話)。

放映中にちばてつやが病気で連載を休載したこと、また遅筆であったこともあり、ストーリーが原作に追いついてしまった。そのため、矢吹丈VSカーロス・リベラ戦で終了している。原作の魅力に加え、初めて監督格となった出ア統の先鋭的な演出によりその名を高めた。また、矢吹丈と丹下段平の声を(元来アニメ声優ではない)あおい輝彦藤岡重慶が担当し、そのハマリ具合の絶妙さから、続編や劇場版において他の人物の声の配役が大幅に変更される中でも、この両名だけは常に不動とされた。なお、続編『2』ほどではないにせよ、本作にも原作にないオリジナルキャラクターやオリジナルストーリーが随所に挿入されている。原作最後の対戦者である「ホセ・メンドーサ」は第77話で名前が登場する。

スタッフ(第1作)[編集]


チーフ・ディレクター - 出ア統
プロデューサー - 富岡厚司、池内辰夫、渡辺忠美、別所孝治フジテレビ
制作担当 - おおだ靖夫
設定 - 丸山正雄
美術監督 - 明石貞一
美術 - 渡辺毅
タイトル特殊効果 - 橋爪朋二
撮影監督 - 熊谷幌史
編集 - 松浦典良
現像 - 東洋現像所東京現像所、育映社
音楽 - 八木正生(A・R・A)
効果 - 石田サウンドプロ(石田秀憲、太田正一)
製作 - 虫プロダクション、フジテレビ

出演(第1作)[編集]


矢吹 丈 - あおい輝彦
丹下 段平 - 藤岡重慶
力石徹 - 仲村秀生

主題歌(第1作)[編集]


作詞 - 寺山修司 / 作曲・編曲 - 八木正生 / 歌 - 尾藤イサオ
エンディングテーマ
作詞 - 梶原一騎 / 作曲・編曲 - 八木正生 / 歌 - 小池朝雄
「力石徹のテーマ」(第41話 - 第79話)
作詞 - 寺山修司 / 作曲・編曲 - 八木正生 / 歌 - ヒデ夕木[3]

各話リスト(第1作)[編集]


放送局(第1作)[編集]


フジテレビ:水曜 19:00 - 19:30
青森放送:火曜 18:00 - 18:30[5]
秋田テレビ:水曜 19:00 - 19:30[6]
山形テレビ:水曜 19:00 - 19:30[6]
岩手放送:火曜 18:00 - 18:30[7]
仙台放送:水曜 19:00 - 19:30[8]
福島中央テレビ:土曜 16:00 - 16:30(1970年10月3日まで)→ 金曜 17:30 - 18:00(1970年10月9日 -1971年4月2日)→ 金曜 16:30 - 17:00(1971年4月9日 - 1971年9月)→ 日曜 7:30 - 8:00(1971年10月 - 11月)[9]
富山テレビ:水曜 19:00 - 19:30[10]
石川テレビ:水曜 19:00 - 19:30[10]

最高視聴率(第1作)[編集]


29.2%(1970年10月14日放送 第29話「明日への挑戦」)
ビデオリサーチ調べ・関東地区)

あしたのジョー2[編集]

1980年(昭和55年)10月13日1981年(昭和56年)8月31日、毎週月曜日19時〜19時30分、日本テレビ系放映(全47話)。日本テレビ系アニメとして初めて全話ステレオ放送された作品である。

前作の続編だが、下記の再編集劇場版の続きという位置付けのため、ストーリーは力石との対戦後から始まり、カーロス戦までは事実上のリメイクとなっている。ただし、原作やアニメ前作にあった矢吹丈がドサ回りのボクサーになり、そこから這い上がるストーリーは省略されている。また原作にないオリジナルストーリーがふんだんに盛り込まれ、オリジナルキャラクター(須賀清など)も多数登場させている。原作が完結して何年も経ってから整理された制作なので、矛盾点もクリアされており、登場人物の心理表現も丁寧に描かれている。特に終盤のテレビ関東による世界バンタム級1位のレオン・スマイリーとのマッチメイクや、WBA王者カロルド・ゴメスとWBC王者ホセによる王座統一戦のくだりなどは、よりリアルにプロボクシングの世界を描きたいという意図[11]からの追加で、オリジナルの部分からは主に監督である出ア統が「「あしたのジョー」という作品世界をどのように解釈しているか」がうかがえる。ほとんどの話数で絵コンテを担当しているさきまくらは出崎統の別名義である。なおサブタイトルには第4話と第33話を除く残りすべてに「」が挿入されている。

白木葉子役の声優は一般公募された。1,380人の応募者の中から、梶原一騎や出崎統を含む8人の審査員による公開オーディションの結果、田中エミと森脇恵が同点となり、田中が白木葉子役に、森脇が林紀子役に選ばれた[12]

スタッフ(2)[編集]


原作 - 高森朝雄、ちばてつや
企画 - 吉川斌(日本テレビ)、川野泰彦
音楽 - 荒木一郎
作画監督 - 杉野昭夫
美術監督 - 男鹿和雄
撮影監督 - 高橋宏固
録音監督 - 加藤敏
選曲 - 鈴木清司
監修 - 梶原一騎、ちばてつや
文芸担当 - 飯岡順一
制作担当 - 青野史郎
演出 - 出ア統
プロデューサー - 高橋靖二(日本テレビ)、加藤俊三
ディレクター - 竹内啓雄大賀俊二西久保瑞穂
編集 - 鶴渕允寿、高橋和子
タイトル - 高具秀雄
特殊効果 - 橋爪朋二
色指定 - 伊藤純子
デスク - 岩瀬安輝
制作進行 - 横溝隆久、福田尚紀、尾崎穏通、斉藤昭一郎、柳内一彦、家野喜世史
テクニカルアドバイザー - 高山将孝
録音 - 東北新社
現像 - 東映化学
協力 - あんなぷる
制作 - 東京ムービー新社

出演 (2)[編集]


矢吹丈 - あおい輝彦
丹下段平 - 藤岡重慶
力石徹 - 仲村秀生
白木葉子 - 田中エミ
西寛一 - だるま二郎
林紀子 - 森脇恵
サチ - 白石冬美
キノコ - 堀絢子
ゴロマキ権藤 - 渡部猛
青山 - 千葉繁
カーロス・リベラ - 中尾隆聖
ホセ・メンドーサ - 宮村義人

主題歌(2)[編集]


作詞・作曲 - 荒木一郎 / 編曲 - 後藤次利 / 歌 - おぼたけし
「MIDNIGHT BLUES」(第26話 - )
作詞・作曲 - 荒木一郎 / 編曲 - チト河内 / 歌 - 荒木一郎 作詞・作曲 - 荒木一郎 / 編曲 - 後藤次利 / 歌 - おぼたけし
「果てしなき闇の彼方に」(第26話 - )
作詞・作曲 - 荒木一郎 / 編曲 - チト河内 / 歌 - 荒木一郎

各話リスト(2)[編集]


放送局(第2作)[編集]


日本テレビ:月曜 19:00 - 19:30
山形テレビ:水曜 17:30 - 18:00[14]
ミヤギテレビ:月曜 19:00 - 19:30[15]
福島中央テレビ:金曜 18:00 - 18:30[16]
テレビ新潟:月曜 19:00 - 19:30[17]
テレビ信州:月曜 19:00 - 19:30[18]
北陸放送:木曜 17:30 - 18:00[19]
福井放送:火曜 17:20 - 17:50[20]

最高視聴率(2)[編集]


16.3%(1980年10月13日放送 第1話「そして、帰ってきた…」)
(ビデオリサーチ調べ・関東地区)

メガロボクス[編集]

2018年4月から放送開始したテレビアニメーション作品。『あしたのジョー』の連載開始50周年を記念して製作された。

劇場版アニメ[編集]

あしたのジョー(1980年)[編集]

1980年(昭和55年)3月8日公開
1970年のテレビアニメを力石戦まで再編集した劇場版。力石や葉子など一部のキャストを変更している(俳優を起用[22])。

スタッフ(1980年)[編集]


総指揮 - 梶原一騎
監修 - ちばてつや
製作 - 川野泰彦
チーフ・ディレクター - 出崎統
音楽 - 鈴木邦彦
監督 - 福田陽一郎
製作 - 三協映画、富士映画、ヘラルドエンタープライズ
配給 - 日本ヘラルド

主題歌(1980年)[編集]


作詞 - たかたかし / 作曲 - 鈴木邦彦 / 歌 - おぼたけし
挿入歌
作詞 - 村上龍 / 作曲 - ジョー山中 / 歌 - 清水保男
「グッバイ・ジョー」
作詞 - 梶原一騎 / 作曲 - 平尾昌晃 / 歌 - スザンナ・スー

あしたのジョー2(1981年)[編集]

1981年(昭和56年)7月4日公開
前作映画の続編で、前半はテレビシリーズ『あしたのジョー2』の再編集。終盤は放映中だったテレビシリーズに先行して制作・公開され、のちにテレビシリーズに流用されている。また、声優も一部変更されている。

スタッフ(1981年)[編集]


製作総指揮 - 梶原一騎
監修 - ちばてつや
製作 - 川野泰彦
音楽監督 - 荒木一郎
作画監督 - 杉野昭夫
脚本・監督 - 出崎統
製作 - 三協映画、ヘラルドエンタープライズ、富士映画、ちば企画
製作協力 - 東京ムービー新社
配給 - 日本ヘラルド

主題歌(1981年)[編集]


作詞・作曲・歌 - ジョー山中
「青春の終章(ピリオド)〜JOE…FOREVER〜」(挿入歌)
作詞・作曲・歌 - ジョー山中

実写映画[編集]

1970年映画版[編集]

あしたのジョー1970年7月22日公開。同年6月に新国劇で舞台化されていた同名作品の映画化。

出演(1970年)[編集]


矢吹丈 - 石橋正次
力石徹 - 亀石征一郎
白木葉子 - 高樹蓉子
丹下段平 - 辰巳柳太郎
西寛一(マンモス西) - 山本正明
ウルフ金串 - スピーディ早瀬
サチ - 溝呂木寿々江
若山 - 中山昭二
大鷹 - 武藤英司
青山正 - 小松政夫
不良少年のリーダー - 田畑善彦
不良少年 - 市村博、浜口竜哉、杉山元、北上忠行
看守 - 島田太郎亀井三郎
白木幹之介 - 見明凡太朗
記者 - 青木富夫、平塚仁郎
男姫会組員 - 小島克己
精神科医 - 長弘
飯場のおばさん - 若原初子
少女 - 軽部香織
ドヤ街の住人 - 石波雄幸
アナウンサー - 太刀川寛
特別少年院所長 - 伊吹聰太郎
男姫会兄貴分 - 杉山俊夫
その他 - 木下陽夫、東大二朗、片山滉、大谷淳、高瀬敏光、細川登、小沼和延、加藤正之伊藤正博芹川洋、亀田秀樹、ピーターみのわ、半藤浩一
リングアナウンサー - 衣笠真寿雄(ノンクレジット)

スタッフ(1970年)[編集]


製作 - 望月利雄、守田康司
脚本 - 馬場当
撮影 - 上田宗男
照明 - 森年男
美術 - 佐谷晃能
編集 - 鈴木晄
録音 - 片桐登司美
記録 - 浮石晴
音楽 - 渡辺岳夫
技斗 - 渡井嘉久雄
監督 - 長谷部安春

主題歌(1970年)[編集]


唄 - 石橋正次

2011年映画版[編集]

2011年2月11日より東宝系で公開の実写映画。昭和40年代を舞台に原作の少年院での丈と力石との出会いから宿命の対決までが描かれる。出演はアイドルグループ『NEWS』(当時)の山下智久。山下は役作りのため、プロボクサー並みのトレーニングを行い、約10キロの減量と体脂肪率を10%近く落とすなど、過酷なスケジュールの下で撮影に臨んだ。力石役の伊勢谷友介も実生活での減量を実施、水を求めるシーンでは数日前からほとんど飲まず食わずで撮影に臨んでいる。

2011年2月5日以降にTBS系列で映画公開記念特別番組『ジョーのあしたはどっちだ!?映画公開記念徹底解剖スペシャル』が放送。また、公開に先立ち、各地域を代表するアスリートが「応援団支部長」に就任し、特別番組やイベントにも登場した。就任したアスリートは、ボクシング界より井岡一翔(公開当日にWBC世界ミニマム級王座獲得)、長谷川穂積(大阪:当時WBC世界フェザー級王者)、黒木優子(福岡:後のWBC女子世界ミニフライ級王者)、ボクシング以外から福島千里(札幌:陸上短距離選手)、楢崎正剛(名古屋:プロサッカー選手)の計5名。

キャッチコピーは「日本中が熱狂した、魂の傑作漫画完全映画化」。『この時代の若者に,ジョーはいるか?』

全国277スクリーンで公開され、2011年2月12,13日土日2日間で興収は1億9,449万4,250円、動員は15万6,877人(初日からの3日間では興収は3億232万1,700円、動員は24万3,955人)になり映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場第3位となった[23]。また、ぴあ初日満足度ランキング(ぴあ映画生活調べ)では第2位と幅広い世代に高評価されている。3月には台湾でも公開され、各国での配給が決定されている。

2011年8月19日発売のDVD『あしたのジョー プレミアム・エディション』が初週1万1,000本売り上げ、8月29日付オリコン週間DVDランキングで首位となった。またBlu-rayも初週7,000本を売り上げBlu-rayランキング総合2位となっている[24]

2014年12月28日にはTBS系列の21:00 - 23:08(JST)で放送された(文字多重放送)。

出演(2011年)[編集]


矢吹丈 - 山下智久
力石徹 - 伊勢谷友介
白木葉子 - 香里奈
丹下段平 - 香川照之
西 寛一(マンモス西) - 勝矢
ウルフ金串 - 虎牙光揮
サチ - 畠山彩奈
食堂の親父 - モロ師岡
食堂の女将 - 西田尚美
安藤洋司 - 杉本哲太
花村マリ - 倍賞美津子
白木幹之介 - 津川雅彦
加藤浩次中村靖日平賀雅臣阿部亮平高橋努中野裕斗小柳心蓮ハルク飯田覚士浜田剛史正名僕蔵滝藤賢一原金太郎杜澤たいぶん松澤仁晶樋口浩二おぐらとしひろ河田直也塩見啓一櫻井浩二チャーリー太田スミマサノリ ほか

スタッフ(2011年)[編集]


監督 - 曽利文彦
エグゼクティブプロデューサー - 濱名一哉
アソシエイトプロデューサー - 大原真人、渡辺敬介、葭原弓子
企画・プロデュース - 伊與田英徳
原作 - 高森朝雄ちばてつや
脚本 - 篠崎絵里子
撮影 - 橋本桂二
美術 - 佐々木尚
音楽 - 高橋哲也 、北里玲二
VFX - 松野忠雄
サウンドデザイン - 笠松広司
照明 - 石田健司
製作担当 - 坪内一、竹岡実
録音 - 中村淳
編集 - 洲ア千恵子
助監督 - 副島宏司
ボクシング監修&指導 - 梅津正彦
特殊メイク - 松井祐一
スタントコーディネイト - 辻井啓伺、出口正義、舟山弘一
監修協力 - 高森篤子、真樹日佐夫
協力 - 日本ボクシングコミッション、東日本ボクシング協会 ほか
製作協力プロダクション - セディックドゥ
制作プロダクション - OXYBOT
製作 - 「あしたのジョー」製作委員会(TBSテレビジェイ・ストーム、東宝、電通講談社毎日放送中部日本放送、OXYBOT、RKB毎日放送TBSラジオ&コミュニケーションズ北海道放送
配給 - 東宝

主題歌(2011年)[編集]


歌 - 宇多田ヒカルEMIミュージック・ジャパン
「あしたのジョー」[25](挿入歌)

原作との違い[編集]


葉子はドヤ街の出身で、過去の経験からドヤ街に対して憎しみを抱いている。
力石が少年院に収監された経緯が異なる。
西はヤクザの子分のチンピラとして登場し、ジョーとは少年院に送られる前に一度出会っており、ジョーとは対立することはなく少年院にいる頃から協力的である。
ウルフ金串がアジア拳ジム所属ではなく、白木ジム所属となっている。そのため、対戦する経緯が原作と異なっている。
原作ではジョーは詐欺をして少年院に入る決め手となったが、実写では喧嘩に加えて過去の犯罪も加算されて入ることになった。
西もプロテストに合格した設定だが、試合をするシーンはなく、ジョーのトレーナーやセコンドに最初から専念している。
葉子は子供時代の経験からドヤ街を潰そうと画策している。
原作ではジョーを応援しているのは乾物屋の夫婦と娘だったが、実写では食堂の夫婦に変更し、娘は出てこない。
力石が階級を落とすのは原作では二階級だが、実写では一階級である。
ドヤ街の子供たちとの出会いや親しくなった経緯が異なる。
ジョーの性格は原作では口を開けば暴言や女性軽視な発言が多かったが、実写では暴言も極力少なくなっており、女性軽視発言もしないなど、原作と比べると口数が少なめである。
映画での最後の対戦相手は力石になっている。
力石との出会いの場面は、原作では丈が豚に起こさせた暴動に便乗して少年院から脱走を図るところを、力石が食い止めた。しかし映画では、丈がいきなり暴れ始めたところを力石が止めている。
「あしたのために」のハガキについては、原作では「その1」のジャブと、「その2」の右ストレートだけが送られて、それ以降は、段平が葉子の慰問団に加わって少年院を訪れ、直接指導したという描写であるが、映画では「あしたのためにその3 手首」までハガキで教えている。これにより、少年院での青びょうたんこと青山との試合も省略することになってしまった。丈vs青山の試合とそれまでの一連の展開は、段平が丈にディフェンス技術やフットワークを間接的に指導する大切なシーンであるが、映画ではカットされている。
など

ソフト化[編集]


2011年8月19日発売。発売元はTBSテレビ / 講談社、販売元は東宝。

あしたのジョー スタンダード・エディション(1枚組、ブルーレイとDVDでリリース)
映像特典
特報・劇場予告編・TVスポット集
音声特典
オーディオコメンタリー(山下智久×伊勢谷友介×香川照之×プロデューサー:伊與田英徳)
あしたのジョー プレミアム・エディション(2枚組、ブルーレイとDVDでリリース)
ディスク1:本編ディスク(スタンダード・エディションと同様)
ディスク2:特典DVD
メイキング
山下・伊勢谷・香川による映画公開記念座談会
イベント集
トップアスリートVS「あしたのジョー」
インタビュー集
原作者インタビュー
クランクアップ集
エンドタイトルバック・ノークレジット
「あしたのジョー」VFXの世界
初回限定特典
オリジナルポストカード(5枚組)
「あしたのジョー」特製ミニサンドバッグ風ボクシンググローブ
特製アウターケース付き

舞台[編集]

初演[編集]

1970年6月3日〜26日、東横ホール上演

出演(舞台・初演)[編集]


矢吹丈 - 石橋正次
丹下段平 - 郡司良
力石徹 - 亀石征一郎

劇団め組公演[編集]

2016年5月25日から29日まで、劇団め組として、すみだパークスタジオ倉にて上演。脚本は合馬百香、演出は与儀英一が担当[26]

キャスト(舞台・め組)[編集]


矢吹丈 - 新宮乙矢[26]
力石徹 - 藤原習作[26]
丹下段平 - 渡辺城太郎[26]
白木葉子 - 相沢まき[26]

ラジオ[編集]

ラジオ劇画傑作シリーズ あしたのジョー[編集]

1977年10月3日-10月28日(全20回)TBSラジオ

[編集]


矢吹丈 - 安原義人
力石徹 - 清水紘治
丹下段平 - 斉藤晴彦

“矢吹丈 対 力石徹”完全実況中継[編集]

2010年1月17日19:00 - 20:00 TBSラジオ

矢吹丈vs力石徹戦を、第1ラウンドから最終第8ラウンド2分47秒まで実際のボクシングの試合のように架空中継するプログラム。マンガやアニメには描かれていない時間帯も含め再構成しており、監修はちばてつや梶原一騎の妻である高森篤子が務めている[27]

実況 - 土井敏之
解説 - 薬師寺保栄
丹下段平 - 佐橋大輔(ガンリキ

展示会[編集]

連載開始50周年記念として、2018年4月28日-5月6日に「あしたのジョー展」(会場:東京ソラマチ)の開催が告知されている。

関連番組[編集]

ビデオゲーム[編集]

あしたのジョー(1989年 タイトー/WAVE AC作品)
あしたのジョー伝説(1991年 SNK/WAVE ネオジオ作品)
あしたのジョー(1992年 ケイ・アミューズメントリース SFC作品)
ボクシングマニア あしたのジョー(2001年 コナミ AC作品)
ジ・アニメ スーパーリミックス あしたのジョー2(2002年 カプコン PS2作品)
あしたのジョー 〜まっ白に燃え尽きろ!〜(2003年 コナミ PS2作品)
あしたのジョー 〜まっ赤に燃え上がれ〜(2003年 コナミ GBA作品)

モバイルゲーム[編集]

あしたのジョー 拳闘伝説(2002年 ナツメ 講談社
あしたのジョー White Ashes(2002年 ナツメ 講談社
あしたのジョー〜あしたのために〜(2011年 ニジボックス Mobage

PCゲーム[編集]

あしたのジョー(1983年CSK/フィルコム PC-8801以降作品)
あしたのジョー闘打 〜タイピング泪橋〜(2000年 SSI tristar Windows作品)
あしたのジョー〜あしたのために〜(2012年 ニジボックス Yahoo!モバゲー
あしたのジョー〜あしたのために〜(2013年 ニジボックス mixi

パチンコ・パチスロ[編集]

CRあしたのジョー(2001年、奥村遊機
CRびっくりぱちんこあしたのジョー(2010年、京楽産業.
ぱちんこCRあしたのジョー(2015年、サミー
パチスロあしたのジョー(2010年、サミー)
パチスロあしたのジョー2(2013年、タイヨーエレック

CM・イメージキャラクター[編集]

三菱電機(1980年)
日本生命保険 ライフセイバープラン(1994年)
日清食品 ジェットラ王焼きそば(2002年)[30]
田辺製薬 アスパラ(2005年)
サッポロ飲料 梅クエン酸2000(2007年)
東洋水産 マルちゃんクロスカウンター焼そば 醤油トンコツ味(2010年2月8日発売)
キリンビバレッジ キリンMetsコーラ(2012年4月24日)[31]
ダイハツ工業 タントカスタム(2013年)[32]
ブラザー工業 インクジェットプリンタ「PRIVIO」(2013年)「あしたの常(ジョー)識」編 (10月〜)「あしたの年賀ジョー」編(11月〜)ちなみに、丹下役は山崎弘也[33]

エピソード[編集]

漫画[編集]

本作において、梶原一騎は「高森朝雄」名義で原作を手がけている。これは梶原一騎の名前を用いると『巨人の星』のような熱血スポ根もの作品であるという先入観を持たれかねない、と危惧したためであることと、当時連載中であった『巨人の星』と同一誌に掲載するにあたり、同一原作者による作品を併載している事実を隠すためであったという。このため、高森朝雄=梶原一騎という事実は、連載開始後もしばらく公表されなかった。高森朝雄というペンネームは、梶原の本名・高森朝樹に由来しており、本作品以前にも使用されたことがある。
当時の梶原は、原作の改変を激しく嫌うことで有名だった。しかし、ちばてつやは本作の作画を引き受けるにあたり、「時と場合に応じて、こちらの方で原作に手を加えさせてくれ」と注文をつけた。担当編集者が恐る恐る梶原にその旨を伝えたところ、「手塚治虫とちばてつやは別格だ、いいでしょう」と快諾した。だが連載1回目、ちばはいきなり「話の導入部がわかりづらい」と梶原の用意した原稿を丸々ボツにし、自ら新たに第1話のストーリーを作り上げた。「好きに手を加えてくれ」と言った梶原もさすがにこれには「こんな馬鹿くせえことやってられるか!」と憤慨し、連載を止めるとまで言い出した。ちばは「新鮮な素晴らしい材料を揃えてもらうのが原作、その原作を料理して美味しく食べやすく味付けをするのが僕の仕事」というスタンスを持っており、ちばはそうした作法を梶原と話し合うことで梶原はこれを納得することとなった[34]
梶原は後年「あしたのジョーはちばてつやの作品であり、社会現象も彼のおかげだ」とさいとう・たかをに語っているが、ちばは「ジョーはね、私の物でなければ原作者の物でもありません。もうジョーは読んで下さった読者のみなさまの物ですから」と西原理恵子の著書『西原理恵子の人生画力対決』にて語っており、近年流行っている漫画のリメイクなども「オファーはあるが自分の一存では決められない」という。
ボクシング観戦好きで、自身も1年間ほどジムに通った経験のあった作家・三島由紀夫は、雑誌「週刊少年マガジン」に連載されていた『あしたのジョー』を愛読していたという。夏のある日の深夜、講談社のマガジン編集部に三島が突然現れ、今日発売されたばかりのマガジンを売ってもらいたいと頼みに来たという。理由を聞くと、三島は毎週マガジンを買うのを楽しみにしていたが、その日に限って映画の撮影(『黒蜥蜴』)で、帰りが夜中になり買うところもなくなったため、編集部で売ってもらおうとやって来たという。三島は、「『あしたのジョー』を読むために、毎週水曜日に買っている」と答えた。財布を出した三島に対して、編集部ではお金のやりとりができないから、1冊どうぞと差し出すと嬉しそうに持ち帰ったという。当時は24時間営業のコンビニなどはなかったため、夜になって書店が閉店してしまうと、もう雑誌を買うことができなかった。三島は『あしたのジョー』が読みたくて翌日まで待てなかった[35]
連載最終回付近では、「ジョーが死亡するかもしれない」といった特集記事も組まれ、完結間際のジョーの世界タイトルマッチに入ってからも、その社会的人気は衰える事はなく、最終回は増ページで掲載、表紙は原作者梶原と作画のちばの双方がリングに立ち、本作の登場人物が観客として二人を労い、表紙全体を「どうどう完結」としてジャックするという破格の扱いであった。

力石の死[編集]


力石徹の減量と死のエピソードは、ちばと梶原の設定確認の行き違いによって生まれたものである。ジョーと力石の初対面シーン、渡された原稿の一文を自分なりに解釈したちばは、力石の身長をジョーより頭一つ分高く描いてしまった[36]。発行された誌面を見てそれを知った梶原は、この身長差では二人が同じ階級で戦えないということに気付き、後に話の辻褄を合わせるため「これで死ななきゃ嘘だ」とまで思わせるほどに人間の限界を超える過度の減量を力石に強いねばならなかった[36]

力石をどうするかで、梶原は力石を殺したいが、ちばは生かしておきたいということになり、口論になった。ここで梶原が「力石は、絶対殺す!」と発言。口論の場となった新宿のバーのバーテンダーが梶原の発言を聞いて、警察に通報した。最終的には編集次長の宮原照夫がちばを説得、力石は試合後に死ぬという方向に決まった[37]。もっとも、ちばは斎藤貴男の後年のインタビューに対しては「力石には、もう死相が出ていた」と話し、ここで殺さなければ「その後の力石に何をやらせても、それは堕落にしかなりはしないとも考えた」という[38]

『週刊少年マガジン』の1970年第9号(2月22日号)にて力石が試合後に死亡したのを受け、1970年3月24日には寺山修司の呼びかけで、天井桟敷により文京区の講談社講堂にて力石の葬儀が行われた(構成、演出東由多加[39]。現在は実在しない漫画キャラクターの葬儀として語られることが多いが、葬儀自体はアニメ版(1970年4月1日に放送開始)の主題歌を歌っていた尾藤イサオがライブ形式で歌いだすなど、力石戦で人気が最高潮に達していたことをきっかけとした、ファンイベント的な要素が強かったようである。当時のこの作品に対する注目度がいかに高かったかを示すエピソードになっている。また、2002年5月9日には雑誌『ジョー&飛雄馬』の創刊イベントとして、講談社講堂で力石の33回忌献花式が行われた[40]

トリビアの泉』で「力石徹は作者のつじつま合わせで死んだ」というトリビアが紹介され、ちばがVTRで『彼(力石)には申し訳なく思っている』とコメントしている[36]

ラスト[編集]


ちばの後年の回想によると、梶原から伝えられたラストの内容は「ホセ・メンドーサに判定で敗れたジョーに、段平が『お前は試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ』と労いの言葉をかける。ラストシーン、白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿」というものだった[41]。これに対してちばは「ここまでやってきて、『ケンカに勝った』はないじゃないか」と考えて、電話で「ラスト、変えますよ」と梶原に伝え、梶原も「ああ、任せるよ」とこれを承諾した[41]。その結果出来上がったのが「真っ白に燃え尽きた」ラストシーンであった。幻のラストシーンともいえる「白木邸で静かに余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿」は民放バラエティ番組と、2019年8月5日放送の『ごごナマ 第1部』(NHK総合テレビ)においてちばの直筆色紙で紹介されている。梶原が書いた原稿をちばに渡す前に見ていたという真樹日佐夫も最終回について、ちばとほぼ同様のことを述べているが、ラストシーンがパンチドランカーとなったカーロス・リベラと共に療養所のような所で笑顔で戯れている姿で終わっていたと書いている[42]

上述の経緯でちば自身がラストシーンを作ることが決まり、アシスタントとともに締めくくりをどうすべきか考え、20通りのアイデアが出るもどれもちばの納得のできる内容ではなく、締め切り時間が刻々と迫る中、悩んでいたところ、本編を最初から読み返していた当時の担当編集者が、ジョーが紀子に「ほんの瞬間にせよ、まぶしいほどまっ赤に燃えあがるんだ。そしてあとにはまっ白な灰だけが残る。燃えかすなんか残りやしない。まっ白な灰だけだ」と語るシーンを発見し、「これこそあしたのジョーのテーマではないか!」とちばに差し出した[43]。ちばはこの意見に同意し、これを基にラストシーンを描き上げた。その後、5日間は何もできず、「ご飯もおかゆしか食べられなくて、家族も心配していた」と週刊誌の取材に述べている。

連載終了後しばらく、ちばはジョーの絵が全く描けなくなったという。また後年「今でもたまにジョーや力石のイラストを描くが、あの頃の迫力には全く及ばない」とも語っている。現在でも特に、ラストシーンについて、「ラストシーンの再現は無理。あの時のテンションには戻れない」とテレビ番組『行列のできる法律相談所』の「100人の絵で作るカンボジア学校健設プロジェクト」でジョーの絵を依頼された際に述べている。

ジョーが燃え尽きるラストに関して、ちばてつや自身の発言には変遷が見られる。執筆当時のちばは、生死について全く考えていなかった[44]。後のインタビューで「子供向けには「今日のリングに負けても、また明日も勝利を目指して戦い続けるジョー」」「大人向けには「文字通り真っ白な灰になるまで、燃え尽きるまで戦った男・ジョー」」という双方の生き方を読者それぞれが感じたまま受け止めてくれればいい、と語った。しかしながら続けて「自分の中ではこの終わりは(ジョーが死んだか否か)確実に決まっている」と発言した。さらに後年では、『タイトルに「あした」と付くくらいだからジョーは死んではおらず、明日も太陽に向かって白木葉子と共に歩き出していると思う』というジョー死亡説を否定するような発言もした[45]。また2011年熊本県湯前町湯前まんが美術館での「あしたのジョー」原画展に合わせて、町農村環境改善センターで行われたトークショーにおいて、「丈は死んでいない」との発言をした[46]。医学的な観点から論じると、疲労で死亡した場合、微笑むなどの顔の筋肉の運動や椅子に座った姿勢を保つようなことは不可能であるため、疲れて休んでいるだけに過ぎないと結論付けられるが、ちばはそういった医学考証の裏付けで作画した訳ではない[44]

2014年にちばが、CS番組『漫道コバヤシ』に出演した最新のコメントによると「矢吹ジョーの生死に関しては、原作者梶原一騎の考えもあり既に故人である為、もう確実なことは言えない。自分が描いたのは、ジョーの燃え尽きた抜け殻がそこにあるという最後が全てであって、生死についてはどうでもよかった」と述べている。また、ジョーは生きているかもしれないという過去の発言は「心情的にジョーが生きていてくれた方がホッとするから、そう言ったのかもしれない」と弁明している。そして、いずれにせよ原作者が亡くなっている以上、想像の域を出ないことを示唆している。

梶原の実弟である真樹日佐夫は、「死んだとは描いてない、白い灰はあくまで比喩」と語っている[47]。漫画評論家の夏目房之介も、「ジョーの身体が次のページ方向を向いており、リングの線も同じように途切れずに向かっていることから明日があることを意味している」と解説した[48]2018年3月22日中日新聞のインタビューでちばは、「死んでいませんよ。全ての力を出し切って、白い灰になるというイメージ。ただただ燃え尽きた」と答えている[49]

アニメ[編集]

テレビアニメ版の制作は、虫プロダクションに所属していた出崎統丸山正雄が原作を気に入り、原作の絵を拡大コピーして個人的にパイロットフィルムを制作したことに端を発しており、これがフジテレビプロデューサーである別所孝治の目にとまり、正式な企画として立ち上げられることとなった[50]。虫プロダクションでの制作であったが、社長の手塚治虫は本作品をライバル視していたため、アニメ版の制作にも関知しなかった[50]
制作当初は作画が手塚の絵に似てしまっていたため、作画スタッフは杉野昭夫を中心に虫プロ本体から外れたメンバーで構成された[50]。その多くは後に出崎・丸山らとともにマッドハウスの設立メンバーとなった[50]
テレビアニメ版のオープニングテーマの「ルルル〜ルルルル〜」の部分は尾藤イサオのアドリブから生まれたものである。長年、レコーディング中に歌詞を忘れてしまったため、それをごまかすためにとっさに口ずさんだところ、それを聞いた寺山修司が気に入り、採用されたといわれていたが、2013年に出版されたムック本「あしたのジョー大解剖」のインタビューでは尾藤自身がその説を否定、リハーサルの最中、歌詞を読みながら歌っていたところ、プロデューサーと作曲者の八木正生の会話に気を取られ歌詞を見落としたため、とっさにアドリブをいれたところ八木がそれを気に入り、採用となったと証言している。
テレビアニメ版『あしたのジョー』の予告編は、本編と別のスタッフにより独自に制作されていたため、本編の内容と異なる部分が多い。例として、第22話のサブタイトルは、予告編では「さらば少年院」であったが、本編では「まぼろしの力石徹」となっていた。また、第51話放送後の次回予告「さらば力石徹」は、本来第52話にあたるところを、第42話と誤植されていた。死に番号を付けられたこの52話は、偶然にも力石の死に関するエピソードの回である。なおこの『ジョー』予告編は、2018年3月に生誕50周年を記念してトムス・エンタテインメントがYouTubeよりネット配信されている。
テレビアニメ版『あしたのジョー2』の実制作は、本作品のためにマッドハウスから独立した出崎や杉野らによるスタジオあんなぷるが担当した[50]。マッドハウスの丸山は続編の制作には反対であったが、原作サイドは東京ムービー新社での続編制作を決定したため、『ジョー』を他人にやらせたくないと考えていた出崎は独立を選んだという[50]
テレビアニメ版『あしたのジョー2』で力石戦のトラウマにより矢吹がリング上で嘔吐するシーンは光るゲロとして話題になり、後に(チーフ・ディレクター出ア自身のセルフパロディも含め)いろいろなアニメ作品でパロディ化された。
テレビアニメ版『あしたのジョー』『あしたのジョー2』は、韓国でも放映された。その際、ジョーを初めとする日本人の登場人物は皆韓国人という設定になり、原作で韓国人だった金竜飛や玄曹達はベトナム人に、金竜飛の朝鮮戦争に関するエピソードはベトナム戦争下のものに変えられていた。またちばてつやが韓国の漫画フォーラムに出向いた際に入手した漫画海賊版における金竜飛は日本人という設定だったとのこと。
1994年日本生命保険がテレビコマーシャルに『あしたのジョー』を起用した。これは余命6か月と判断された時点で被保険者が死亡保険金を受け取れる商品が対象で、ジョー・段平・力石のバージョンがあった[51]。ジョーのバージョンでは「タオルは投げるな、最後まで完全燃焼したい」というメッセージが添えられ、日本生命によるとこのコマーシャルは「業界筋の高い評価を得、広告としても上々の成果を上げた」という[51]。しかし、嫌悪感や反発を示した者もあり、当時毎日新聞1994年6月24日夕刊文化欄に掲載された匿名コラムでは「安定を求めず破滅を恐れなかったジョーには自分たちの人生にはない潔さがあった。その名作に敬意も払わず、イメージと知名度だけを利用するようなCMにはあざとい商魂がにおうというと言い過ぎだろうか(要約)」という意見が記された[51]。他のCMでは、日清食品のジェットラ王やサッポロ飲料の梅クエン酸2000のCM、1980年には三菱電機カラーテレビのCMにも具志堅用高と対決という形で登場している(このCMの制作は、実際に試合に近い形のスパーリングを撮影し、その映像にジョーのアニメを被せる形が採られていたが、具志堅の対戦相手を務めたのは、当時よくスパーリングパートナーを務めていた渡嘉敷勝男である)。
細川俊之が力石の声を演じたのは劇場版のみだが、ネームバリューとインパクトのある声から「力石=細川」の印象は根強い。2001年に放映されたサントリーBOSSのCMは、駅のベンチで「あしたのジョー」の漫画を読んでいるサラリーマン(演:津田寛治)の両脇に座った細川とあおい輝彦が力石とジョーのセリフを勝手にアフレコしだすというものだった。
セリフは放送禁止用語が多く、ジョーが力石の死によって、一時的に相手のテンプル(頭の側面)を打てなくなった際、段平が「やつ(矢吹丈)はかたわだ」と言ったセリフは現在自粛されている。漫画版では「ボクサーとして欠陥品だ」に差し替えられ、アニメ「あしたのジョー2」の東京MXテレビでの再放送では当該カットが削除されていた。『とんねるずのみなさんのおかげでした』の細かすぎて伝わらないモノマネ選手権ガンリキ佐橋大輔が「現在ではあり得ない表現のため、ピー音を入れている段平のセリフ」のモノマネを披露。その後の石橋貴明がその発言を発するが、ピー声で処理されている。佐橋はこれが縁でキリンビバレッジ『メッツコーラ』のCMに丹下段平の声として出演している。
テレビアニメ版の全79話のDVDは、2009年12月にコロムビアミュージックエンタテインメントから発売された。
2019年4月23日にトムス・エンタテインメントがYouTubeに開設した「TMSアニメ55周年公式チャンネル」から、『ジョー』の第1・9・46・50話を「ヤツの名は"力石徹"セレクション」名義、『ジョー2』の第1・12・24・39・最終話を「伝説の"ベストバウト"セレクション」名義で、それぞれネット配信している(『2』最終話は2019年7月31日まで)。

その他[編集]

タイトルの最終候補は「左のジョー」と「一発屋ジョー」であった 。
元プロボクシング世界王者・辰吉丈一郎の名前は、元ボクサーの父が、矢吹丈にちなんで命名したものである。奇しくも辰吉もまたジョーと同じくバンタム級を代表する選手であった。
タイトーの発売したアーケードゲーム『あしたのジョー』、SNKの発売したネオジオ用ゲーム『あしたのジョー伝説』は、ともにWAVE社の開発した作品である。両方ともホセ・メンドーサを倒すとエンディングを迎えるが、タイトー版は白木葉子との結婚式、SNK版は夕陽をバックにしたジョーのランニングシーンという、原作とは異なる結末となっている。
トリビアの泉2006年9月27日放送分(最終回)では、矢吹丈がレギュラー最後の影ナレも務めた。
2008年は『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』が創刊50周年、『あしたのジョー』が連載40周年を迎え、カレンダーやタオル、G-SHOCKなど記念モデルが続々登場している。
笑っていいとも!』(2009年1月21日O.A.)のテレフォンショッキングのコーナーでゲストの女優・木村多江が、最近『あしたのジョー』に嵌まっていることを告白し、矢吹丈のようなおシャレ(トレンチコートハンチング帽)をして街に出かけることがあること、また最終回にも感動したことを披露している。
PC用のブラウザゲーム『あしたのジョー〜あしたのために〜』と同じくPC用のブラウザゲーム『はじめの一歩 THE FIGHTING』がコラボキャンペーンを行い(2013年11月18日 - 12月5日)、双方の登場人物がイベントボスとして登場した。
2014年7月20日 - 同年9月21日、練馬区立美術館において『あしたのジョー、の時代展』開催[2]。ちばの作品が美術館で展示されるのは初めてだという。展示は100点以上の原画をもとに構成し、当時のレコードやアニメなど関連資料を絡めて、ジョーが生きた時代背景を考察する趣きになっている。また、寺山修司土方巽秋山祐徳太子など本作品とゆかりのある芸術家らの軌跡とジョーの世界観の広がりを紹介している。
2015年4月4日、大泉学園駅北口に直結する歩行者道路「大泉アニメゲート」に練馬区にゆかりのある漫画作品のブロンズ像を設置。ちば作品からはあしたのジョーが選ばれ、リングコスチュームを身につけた矢吹丈のブロンズ像が展示されている[52]
大場つぐみ小畑健著『バクマン。』では、漫画家を志す主人公・真城最高(サイコー)が好きな漫画のひとつに『あしたのジョー』を挙げており、第15巻130ページ(話)「熱と灰」では、同窓会の帰りに人並みの楽しい生活を送っているクラスメイトと漫画一筋に打ち込んできた自分があまりにも違うことに疑念を持ったサイコーに相方である高木秋人(シュージン)が、『あしたのジョー』のジョーと紀ちゃんの会話「ほんのしゅんかんにせよ、まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ」を引き出して答える場面がある。
土田世紀著『編集王』では、第1話のサブタイトルが『あしたのジョー』でジョーのラストシーンの見開きから始まっており、最終回を読んで涙する少年・桃井環八(主人公)が「ジョーになる」と宣言してプロボクサーとなるも網膜剥離により引退するところからスタートする。幼なじみで出版社勤務である青梅広道にこれまでプロボクサー以外何も知らずに過ごしてきた環八が引退を宣告されて他の人と同じような生活を送ることに対して「そんな世界でよ…あしたのジョーになれんのかよ!?」と涙を流しながら不安をぶつけるシーンで終了する。第2話『明日なき暴走』では、それに対して青梅が「ガキの頃、あしたのジョーの最終回を読んだあの日から…おめえはジョーを追いかけてピーターパンになっちまったのよ。けどよ…おめえの人生は全20巻じゃねえ…。例えば…あの最終回からジョーがまた生きて行くとしたら…?真っ白な灰から生まれ変わるとしたらよ…?そうよ…今度はそいつを追いかけりゃいいんだ。カンパチ、おめえにゃあ、あさってもしあさっても来るんだからな」と答える。その後、青梅の勧めにより出版社見習いとして勤務する環八が物事に行き詰った時に必ず『あしたのジョー』を指標にして行動する場面が見られる。
 また、第35話『家にかえろう』では冒頭から世界タイトルマッチを控えた控室で白木葉子がジョーに告白するシーンのパロディが描かれており、先輩の女性編集者である目白道代が環八に「好きなのよ。桃井くん、あなたが」と告白するシーンが描かれている。

評論、研究本[編集]

『巨人の星』に関する評論では『あしたのジョー』が比較として出されることが多く、『巨人の星』の文庫版のあとがきでも、『あしたのジョー』に触れた評論が多い。文庫にあとがきを寄せた1人は、これを『少年マガジン』連載中にリアルタイムでこの2作を読んだ世代の「悪い癖」と見なしており、あとで原作者が同一人物だと知ったショックによるものだと評論している。
豊福きこうが『水原勇気0勝3敗11S』(1992年、情報センター出版局 )で矢吹丈の対戦試合、勝敗数、パンチ数などを分析。路上での殴りあいも含めた矢吹の全対戦リストも掲載。矢吹丈が長期戦や判定になると勝てないことをデータから分析。また、『タイガーマスク』の伊達直人との比較論、矢吹丈が鑑別所の心理テストで答えた「両親=植木等、無責任」、「植木等に憧れる」という矢吹丈のことばと、それでも「両親を責める気持は希薄」である点に着目。さらに、映画の植木等が本当は悪い意味での無責任でないことなどから、そこから考察する矢吹丈の「力石死後の戦い」の意味についての論説もある。
「あしたのジョー」心理学概論?“矢吹丈”その心の病 (サーフライダー21著、中公文庫 )。気鋭の若手心理学者精神科医弁護士教育学者らが知の技法を縦横に適用、「真っ白に燃え尽きた」ボクサー・矢吹丈の人間的内面に迫る。
柳田理科雄が『空想科学読本』シリーズで「矢吹丈の長い前髪」やホセ・メンドーサの「一瞬の白髪」を検証。『漫画読本』シリーズでクロスカウンターの「2倍、4倍…」の理論を検証し、また、ハリマオの空中でスピンする技を科学的に解説している。
上記『水原…』と同様、河崎実も『「巨人の星」の謎』(1993年、JICC出版局=現・宝島社 )で矢吹丈の「俺は植木等のファンでね」のセリフを引用し、『巨人の星』と『あしたのジョー』の根底に植木等の行動力、敢闘精神があったと分析。また、アニメの『巨人の星』にも「泪橋」が登場することを紹介。「マンモス西と紀子の結婚」などから梶原作品における、ある法則を導き出している。

あしたのジョーに関連した楽曲[編集]

「あしたのジョー」が題名および歌詞に出てくる楽曲
『“あしたのジョー”以降』(野口五郎
『あしたのジョーなんかきらいだ』(三上寛
『夢は夜ひらく』(三上寛)
『明日のジョーは帰らない』(大塚博堂
「あしたのジョー」主題歌をサンプリングしている楽曲
『打つべし〜明日のために〜』(UZI
『明日のジョー』(電気グルーヴ
その他
『パンチドランカー』(THE YELLOW MONKEY
明日の☆SHOW』(福山雅治
立つんだジョー』(レミオロメン
あしたのショー』(ゴールデンボンバー
『あしたのジョーネツ』(秋本祐希

脚注[編集]

関連項目[編集]

梶原一騎
ちばてつや
週刊少年マガジン
あおい輝彦
寺山修司
尾藤イサオ
石橋正次
出崎統
リング禍
山谷 (東京都)
泪橋
ドヤ
久里浜少年院
メガロボクス
日本コロムビア - 主題歌サントラ盤の発売元で、サントラ曲や大半の楽曲を音源保有。

外部リンク[編集]

ちばてつや公式サイト
あしたのジョー番組詳細 (カートゥーンネットワーク)
あしたのジョー(MONDO TV)
あしたのジョー特設サイト - ウェイバックマシン(2012年6月13日アーカイブ分) - 講談社による関連コミック情報サイト
あしたのジョー - 日本映画データベース(実写版)
あしたのジョー - 日本映画データベース(アニメ映画版)
あしたのジョー - allcinema
あしたのジョー - KINENOTE
あしたのジョー - インターネット・ムービー・データベース(英語)
あしたのジョー2 - 日本映画データベース
あしたのジョー2 - allcinema
あしたのジョー2 - KINENOTE
あしたのジョー2 - インターネット・ムービー・データベース(英語)
あしたのジョー(2011年の実写映画) - allcinema
あしたのジョー(2011年の実写映画) - KINENOTE
映画『あしたのジョー』公式サイト - ウェイバックマシン(2010年12月6日アーカイブ分)
あしたのジョー 40周年公式サイト - ウェイバックマシン(2010年9月17日アーカイブ分) - 2008年12月、ジョー40周年を記念して開設されたサイト。原作・ゲーム・アニメ再放送情報などが掲載されていた。
アニメ「メガロボクス」公式サイト
あしたのジョー50周年&メガロボクス公式 (@joe50_megalobox) - Twitter
『あしたのジョー』シリーズ - YouTubeプレイリスト
出典:Wikipedia
2020/03/29 14:31
ソ人気記事ランキング
2020/03/31 更新
 1位ありがとう
 2位でじこさん
 3位りんご娘
 4位がむしゃら行進曲
 5位ときた洸一
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant